2006年02月12日

良い言動と悪い言動

 社会的秩序というか道徳的秩序というか、日本人の道徳・倫理・善悪の感覚も昔に比べ混沌としてきているように思うのだけど、ほとんど常識化してきた道徳観・善悪の基準を改めて再考するといった意味では面白いと思うけど、人間個々のご都合主義というか自分のやってることややりたいことを正当化せんがために善悪基準を曖昧にしちゃうという傾向が目立ってきてんじゃないかと私には感じる今日この頃です。
 ホリエもんさんじゃないけど、法の眼を掻い潜るようなやり方での私利私欲を満たす行為。というか私利私欲を満たしたいから法の眼を掻い潜ることを考えたり、ばれないようにやりゃ何でもアリみたいな何とも情けない方が日本を左右するポジションにいたり、というかもしかして社会に対しての影響力アップを目指すのは私利私欲を満たすためであったりするのかなと、つい疑いの目で見てしまいがちになり、そんな眼で手の届かないお偉いさん達を観てしまいがちな自分もちょっと悲しいです。

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posted by わめ at 22:32| Comment(4) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月30日

「日蓮考察」スレ

 相変わらず他方面ばかりで書き込み中でこちらはご無沙汰気味になってしまって申し訳ないです。でもこちらでも大変貴重な議論もでてきておりますのでそろそろ復活を考えています。^^

 それは『宗教はやっぱり好きになれない』のコメント欄でみれいしゃんから始まったお話が、LeoさんLibra師匠も交えEnjoyLife掲示板「日蓮考察」スレで議論されており、私は昔はともかく今となっては法華経や日蓮(大聖人)にそれほど興味が持てませんが、それでも創価学会にも結びつく議論となっておりますしいずれ参加できればと思っております。
 
 またその議論の中でLibra師匠が参考資料としてご紹介くださった『蔭山泰之「面目と反駁−批判的合理主義の観点から見た日本的組織の諸問題−」』の日本的組織の鋭い考察から、自身の反省と学ぶべきところが多くありました。

 今回の記事は「日蓮考察」スレと、『蔭山泰之「面目と反駁−批判的合理主義の観点から見た日本的組織の諸問題−」』の紹介のみになってしまった…w汗
posted by わめ at 16:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月23日

今、創価学会に思うこと 02

 最近わめはEnjoy系ネット界隈を離れて他所宗教系ばかりで書き込みをしておりましたが、どうもわめはバランスを保つのが下手なようで、そうなるとこっちが疎かになってしまって見に来て頂いている方には申し訳なく思っております。
 それと他所ではわめというHNを使ってないのにも関わらず習慣でつい自分のことをわめと書いてしまいますw汗
 ってことでここでもこれからはなるべく自分のことを、私や僕といった言葉に変えていこうと思います。(^^;

 そうそう、このお題で思い出しましたが、つい最近ようやく私の学会での役職が正式に副役職となりました。^^
 これで気分も晴れたかというとまぁそこそこにといった感じで、お気楽気分で会合にでも出ようものならやっぱし副役職があるわけでご挨拶の一言でもと司会に言われそうなわけで、そうなると気持ちを偽っても学会マンセーな話もしないわけにもいかず、やっぱ完全未活動を通すことになりそうです。

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posted by わめ at 17:02| Comment(5) | TrackBack(0) | 今、創価学会に思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

宗教とモラル

 久々に記事の更新です。
 今回は宗教とモラルとしましたがモラルは『宗教はやっぱり好きになれない』のコメント欄でひゃっきまるさんみれいしゃんと話し合った宗教・道徳について、宗教とモラル(道徳)の分類が個々人により大きく差があるようにも思いますが、どの辺で線引きすればよいかとの簡単な考察を書いてみたいと思います。
 それと最近は記事更新をサボっているにも関わらず読者数はそれほど減っていなくてあり難いのですが、コメントしていただける方が限られてきているように思います。
 わめとしては出来るだけ多くの方からのコメントを頂きたいと思っているわけですが、そうならない原因として三ちゃんなどは「話が難しすぎる」とのご意見なども頂いていますが、わめのレベルに合わせていただければそんな難しい話にはならないと思いますので、思うがままにコメントを頂けるとうれしいです。^^

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posted by わめ at 15:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月01日

カラオケBOXに行った

 カラオケBOX(シダックス)なんて何年ぶりだろ・・・ ってスナックでカラオケ歌うのも1年半以上ご無沙汰だった。^^
 さすがにここらへんは田舎なのか元旦からやってるスナックは見かけなくて、子供母がカラオケが歌いたいと言うので結局カラオケBOXに行ってきた。
 子供はわめが鼻歌以外で歌うのを始めて聴いたので少々面食らい気味で、歌える曲を入れても隅っこに隠れてなかなか歌わなかったけどそのうち子供も調子が出てきた。笑

 わめはへたり気味のマイクや・・・正月から不満はやめとこw
  ギターは1年半も弾かないと指が動かないし当たりがつかないし、もうダメッぽってなっちゃうけど歌はそんなことはないね。(*´∇`*)
 今年は周期的にスナックに行って、カラオケでも楽しもうかしらん。♪
posted by わめ at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月31日

今年の総括

 今年一年色々ありました。
 リアルでも色々なことがありましたがそれは書けないので残念w あ、学会のことでは未だ正役職のままで円満活動停止状態になったことは既に書いておりますが、そうなって3ヶ月以上も経つのに組織上はまだ正式な形にはなっていません。汗

 Enjoy系ネットでは今年の初めにEnjoyLife掲示板を始めたこと、7月頃からのシナプスさんの会議室(BBS)での学会問題についての議論の数々、8月よりのEnjoy系の旧ブログを始めたこと、そして11月よりこのブログへ移転とEnjoyLife2を作ったことなどが大きな節目だったかもしれません。
 記憶力が悪いからか思い出すのは今年後半のことばかりです。(^^;

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posted by わめ at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

強信者の心理と態度

 『自性・無自性について』の記事のコメント欄で、くまりんさんやLibra師匠やLeoさんとおまけのわめで有意義な議論が続いておりまして、わめもその議論に参加したくて新しい記事を書くのはしばらく控えようかと思ったのですが、その議論の中で「唯一絶対思想への強信者の態度」についてのお話も出てきておりますが、これは以前の『宗教はやっぱり好きになれない』の続編的な議論でありますので『自性・無自性について』から切り離して話し合えればと思いこの記事を書くことにしました。それとそのコメント欄では強信者の態度と書いてしまいましたが、その態度は唯一絶対思想への強信者の心理からくるものですので、この記事では態度も含みますがその心理についても考えてみたいと思います。
 『自性・無自性について』の記事のコメント欄でわめが書いたことと重複(一部加筆修正)しますが、わめの思う強信者の心理とは、創価学会(広い意味で日蓮仏法含む)の強信な信者、広くは他の宗教やあらゆる思想などを絶対的に信じる強信者の態度(心理)を以前より知る者にとっては、わめに限らずともそのような印象を持つ方も多いのではないかと思います。
 またそのような人(強信な信者)と接する機会があれば今までに関わりがなくとも何とはなしに感じることができる方もそう少なくはないと思います。
 言わば唯一絶対思想への強信者の心理には、共通性がみられると感じております。
 
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posted by わめ at 19:12| Comment(37) | TrackBack(1) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

ワンコとニャンコの思考

 へんてこりんなお題になりました。汗
 うちには以前ワンコ1匹とニャンコが2匹おりましたが、ワンコとニャンコの各1匹をある事情で遠くに手放さなくてはならなくなり今はニャンコ1匹になっちゃいました。
 その手放したニャンコの2で『どよ〜んx2』で書いたように車に轢かれて亡くなったって知って、誰もが死んじゃうわけだからそれは仕方ないとして最後の時まで楽しく生きてくれたのかなぁって考えちゃったりして、デジカメで撮ったそのニャンコとワンコの写真が何百枚とあるものだからその写真を見ながらその当時の情景を思い出したりしてさっきまでニヤニヤしてました。^^

 亡くなったニャンコはワンコの兄貴のような感じで、どちらもペットショップから生後2〜3ヶ月で譲り受けてきたのですが、ワンコより1年ほど早く我が家に来て家族のようにわめ達と暮らしてまして、そこに柴犬オスのワンコが新たな家族の一員として迎え入れられたのです。

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posted by わめ at 03:34| Comment(2) | TrackBack(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

社長、社長と呼ばれて 02

 今年もあと残すところ今日を含め10日となってしまいました。
 年々1年が短くなっていくように感じますが、時間間隔で言えば生きた年数分の1だからこれはもう仕方ないですね。でも内容の濃い1年はそうとばかりも言えないかもね。
 そういった意味ではわめにとって今年は濃い一年であったと言えるかもしれません。

 前回はギターの消耗品を製品化して販売しようと東京・大阪・名古屋の職業別電話帳を取り寄せ、製品化に関係しそうな工場等を片っ端から電話し始めたところで終わりでした。
 当時ギターはわめの職業であるわけですが、音楽知識は元々からっぽで初めての仕事の1週間前に譜面の読み方を覚えるといったその程度のものでしかありませんでした。汗 それまではプロの曲は耳で聞いてコピーして、オリジナルも譜面を起こすなどということはそれまで出来ませんでした。
 ましてギターの消耗品の知識など音としてどうかという感覚以外はまったくのど素人でした。

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posted by わめ at 21:38| Comment(10) | TrackBack(0) | 社長、社長と呼ばれて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

社長、社長と呼ばれて 01

 このブログも約一ヵ月半前のブログのお引越し前には考えられないような多くの方にお越し頂き、またコメントも頂いて、そのお引越し時に慎重を期すためまずは試験用に作ってそのまま継続中のEnjoyLife2でさえ来てくださる方はこちらとは多少違えど旧ブログを凌ぐ多くの方に見て頂き、正直こりゃまたびっくりしているのですがホントにあり難いことで、この場を借りてお礼申し上げます。(TдT) アリガトウ
 この記事を書いている間にLibra師匠より『自性・無自性について』の記事にコメントをいただけましたが、それを尻目に今回は話題を一新し、わめの”世間的”には成功者と言われた時代の昔話を読者が減るかもしれないと危惧しながらも(涙)、何回かに分けて書いていきたいと思っています。とは言っても古くは20年以上も昔のことでもありますので記憶が曖昧な面もありますし、脚色も入ってしまうのではないかと推測してますが、リアルでも十数年以上(途中数年途絶えましたが)親しくお付き合いをさせて頂いている方も多分読まれているように思いますので、JAROは心配要らないでしょうけど(笑)意図的な嘘は書かないように心がけるつもりです。これはまた時間が経てば経つほど記憶が曖昧になっていくことでもあり、将来私的にもこの記事を読むことで忘れた過去を思い出すこともあるかもしれないとの思いもあります。そしてこの時代に大変迷惑をかけてしまった方々にも、深くお詫びと自戒の念を持って書き進めていきたいと思います。

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posted by わめ at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 社長、社長と呼ばれて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月20日

自性・無自性について

 また懲りもせず仏教”にも”関わる話題なのですが(^^;;、無自性についてLeoさんから掲示板でコメントを頂いてますのでご参考にしていただければと思います。また自性については佐倉哲氏のWebサイトの『空の思想--- ナーガールジュナの思想 ---第一章 自性論』で自性についてナーガールジュナの思想を語られておられますし、Libra師匠の『一念三千説は一切法のあり方を無自性と説く(新田雅章)』などで、わめはこれらのテキストからの自性・無自性の理解であったわけですが、くまりんさんの『出家とアビダルマ』を読んで、自性についての認識に誤りがあったのではないかと思い始め、これは「仏教は輪廻転生を説く教えか否か」について掲示板で、Libra師匠やくまりんさんやLeoさんが深い考察に基づき大変貴重な議論をされていることとも関わってくることでもあり、現在のわめの自性についての捉え方を改めて提示し誤謬の発見に努めたいと思っております。
 
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posted by わめ at 17:11| Comment(35) | TrackBack(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

自灯明法灯明

 『宗教はやっぱり好きになれない』のコメント欄でわめは「ブッダと言えば自灯明法灯明って言葉(教え?)が好きです。」と書きましたが、とゆーかさんからわめの法灯明の”法”の捉え方が誤っているとの指摘を受けましてドキッ(笑)としました。とは言いましてもわめが正しい解釈をしていると考えるほうがおかしいと我ながら思ってもいるわけですが(自爆w)、わめの捉え方をもう少し詳しく提示してどこが誤りであるかを指摘して頂ければと思ったのですが、それなら広くご意見を頂きたいことと、『宗教はやっぱり好きになれない』では宗教を”信仰する”ことの有害性・副作用が問題と主に指摘していますが、このまま続ければとゆーかさんを意識せずともその好例へと誘引してしまいそうに感じますし、とゆーかさんもわめを仏教徒と勘違いしていたこともそのコメントには影響を与えてしまっているかもしれないので、それではわめも不本意でもありますので新たな記事にしてみました。
 
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posted by わめ at 03:49| Comment(37) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月18日

くまりんさんの仏教学のお話

 いや〜今回は頭の悪いわめでも、すんなりスッポリ受け入れることが出来ました。(*´∇`*)
 あ、話が見えないですね。(^^;; えっと、EnjoyLife掲示板でLeoさんがくまりんさんに向けてのコメントがありまして、それを受けてのくまりんさんのお応えについてのことです。チャット思考なわめなので、ついつい会話しているような記事になってしまい読みづらいとは思いますがご容赦ください。<(_ _)>
 またくまりんさんは御自身のブログでも『出家とアビダルマ』のお題でエントリーされておりまして、こちらのほうが更に詳しく説明されておりますのでわめの掲示板のコメントよりくまりんさんのエントリーを見ていただいたほうがより理解しやすいように思います。
 
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2005年12月17日

わめの恋愛感

 軒ちゃんからリクエストがありましたが、それに応えるような内容の記事にはならないように思うのですが、わめの感じてきた恋愛の心模様などを、最近はそのような熱い思いからトンとご無沙汰でしずくちゃんがうらやましいwじゃない(どこへいくw)、どこまで書けるか分かりませんがブログは公開日記みたいなものでありますし、過去を振り返りながら気楽に書いてみたいと思います。そうそう、過去を振り返ると言えば三ちゃんブログの『AKG』の記事から、わめもPA屋もどきをやっていた頃を思い出し、2の『PA屋』として記事にしてみましたのでよかったら読んでいただきたいです。
 
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2005年12月16日

ちょっと一休み

 何だか最近はわめにしては難しいことばかり書いてしまったように思います。ここらで油を注さないと頭の中がギーギー鳴ってきそうだわw笑
 それに関係性についての話題が多くて、関係性大好きなわめでもいくら何でもこの話題ばかりじゃ書くのも飽きてきたし、わめの言いたかったことの多くは、思い込みや妄想は誰にもあることだと思うし、それがいけないと思っているわけじゃなく、自身に思い込みや妄想があることを自覚していないところに様々な問題が起こっている(くる)のじゃないかと思ったりするわけで、また思い込みや妄想が心的苦痛を和らげたり心に安定感を与えたりなどの効用もあるのだろうけど、ブログの記事で書く分には思い込みや妄想は自覚しようよと言っていても多分問題ないと思っています。^^ でもこれがリアルでもネットでも対個人の場合には相手に合わせていかないとトンでもないことになる場合もあるし、演じることも大切だなって思ったりもしています。
 
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2005年12月15日

客観的なモノの見方

 サイドメニューの最近のコメント欄を表示変更してみました。^^ 不評の声が多ければまた戻そうw汗
 大そうなお題ですが何てことはなくわめのここ約一年半を振り返っての近況報告みたいなものです。
 わめが昨年7月頃より信仰を棄て少しづつですが何とか一般的なモノの見方が出来るようになってきたと、自分では思っているのですが思想かぶれしていない方から見るとわめの記事やコメントを読んでまだまだとか、全然とか、もしかしたら自爆状態なのかもと心配なのですが(笑)、少なくとも創価クオリティから創価トラウマには変わっていったのは自覚しています。その創価トラウマも今ではかなり消えつつある感じです。
 キッカケはLibra師匠のテキストに触れ自らの日蓮(大聖人)仏法の捉え方の過ちに気付き始め、師匠のネット上の書き込みの追っかけ(検索)を始めたことにあったと思っていますが、そんな中「仏教の源流からスレ」のPoh師匠のテキストに出会えたことや、佐倉哲氏のWebページに出会えたことがあげられるかもしれません。

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2005年12月14日

宗教はやっぱり好きになれない

 今回は『輪廻転生について』でも触れましたくまりんさんの記事から「仏教は輪廻転生を説く教えか否か」についてEnjoyLife掲示板で、Libra師匠やくまりんさんが深い考察に基づき大変貴重な議論をされています。それはとてもありがたく思いますし、またわめなりにも意見もあるのですが場違いのようなわめのコメントで場を汚したくないのでこちらに書いてしまうことにします。^^

 お題が『宗教はやっぱり好きになれない』になってしまったのはわめの正直な気持ちで、この議論のずっと以前より思っていたことで、宗教の教えの中には沢山為になる教えはあるものの、それは現代の日本において宗教を信仰することで当時者やその周囲に対し有害性・副作用を顕著に感じるからです。もちろん宗教を”信仰する”ことにより苦悩から脱し、救われていく(と思っている)方も多くいるとは思いますが、だからといってその有害性・副作用を看過することはわめにはできないのです。
 またブッダは”信仰を棄てよ”とおっしゃっておりますが、その仏教においてもブッダ及びその教えを”信仰していく”のは如何な訳かもわけわかめ。(突っ込みどころを用意しました。^^)
 
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2005年12月13日

あきあこさんブログ再開!

 昨日は早寝してしまったからか、今日は早起きして掲示板にお返事したりして、また寝てしまって今寝起きでボケっと過ごしてますが、ボケついでに記事更新もお休みしちゃおうかと思ったらあきあこさんブログを再開したとのうれしいニュースが飛び込んできた。(⌒∇⌒)
 ってことで、ここにもあきさこさんブログの再開を待ち焦がれていた人も沢山見ておられそうなので、そのお知らせ記事を書いてみました。^^

 2でも『ぉぃぉぃサイパンかよ!』ちょっと書いてみました。☆^∇゜) ニパッ!!
posted by わめ at 15:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

自分を演じること

 人は対人・社会・集団において多かれ少なかれその環境に合わせ自分を演じていると思いますが、名演を心掛ける人、演じてるとほとんど意識してない人、嫌々ながら波風が立たない程度に演じている人、もしかしたら演じていない人もいるかもしれませんね。^^
 また中にはこの演じることに嫌悪感を持っておられる方もいると思いますが、演じることの好き嫌いは別にして対人・社会・集団に対し自分をまったく演じることなく円滑な人間関係を築けている人など稀でしょう。わめも昔はその稀の一人であるなんて思っていた時がありましたが、その過去を振り返ってみて分かったのは、自分を演じてないという自分を演じていたことに気が付いたりしました。

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2005年12月11日

輪廻転生について

 最近わめが強い影響を受けているからかくまりんさん関わりの記事が多くなってきていますが、今回もくまりんさんが新たにエントリーくださいました記事の内容と、『テーラワーダ仏教で言う障害者』のコメント欄で、とゆーかさん、ajitaさん、そしてLeoさんの間で議論されている『輪廻転生』について考えてみたいと思います。
 でも最近わめも頭が固くなってきているのか、前回記事では読者を自論に誘導しようとの作為がありありと出ておりまして、反省の意味を込めて頭をふにゃらか(?w)にしての記事を心掛けたいと思ってますです。(^^;;

 これってよく考えたら客観的事実として輪廻転生はあるのかないのかと、ブッダは輪廻転生をあると思われていたかどうか即便仏教は輪廻転生を説く教えかどうかと、分けて考えないとわけわかめになってしまいそうに思います。

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posted by わめ at 01:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 客観的事実と信仰  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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