2005年11月23日

日蓮(大聖人)も真っ青

 日蓮(大聖人)は本尊は曼荼羅(御本尊)と言いましたか?
 御書全集の中にそのような御文はあったでしょうか?

 御書(全集)を読めば明瞭ですが、本尊抄、報恩抄、開目抄等には、本尊は(本門の)教主釈尊とすべしと断言されておりますし、一歩譲って本尊問答抄(真筆なし)においては「法華経の題目を以て本尊とすべし」との仰せもありますが、日蓮(大聖人)は法華経(本門)を釈尊の教えの結晶・真髄と思われていた(当時としてはやむなし)わけで、曼荼羅の中心にも法華経の題目(題号)たる妙法蓮華経と認めておられるわけです。
 したがって本尊は教主釈尊、一歩譲って釈尊の教えの結晶・真髄(と思われていた)の法華経の題目(題号)を本尊とすべきであると日蓮(大聖人)は明言されています。余談ですが御書には日蓮(大聖人)自ら上行菩薩の再誕と書かれておりますし、それは謙遜(笑)もなにも”本尊は教主釈尊”と明言されておられるわけですから、日蓮(大聖人)自身が仏であると思われていたわけがないと思います。(日寛さんごめんw)

 その曼荼羅が御本尊と呼ばれ、曼荼羅が現代においては印刷されて日蓮仏法を信仰している”つもり”の信者の各家庭に配られ御本尊として信仰対象になっているのを知ったら、また携帯御本尊なるものも作られ配られている現状を知ったら、日蓮(大聖人)はびっくりして真っ青になりさぞやお嘆きのことだろうと思います。

今回の記事で参考とさせてもらったBBSスレッド。
日蓮聖人の本尊観
posted by わめ at 04:50| Comment(13) | TrackBack(2) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うーん、突っ込みどころ満載の記事なのに反論が出てこないのは不思議だ・・・
Posted by わめ at 2005年11月23日 13:37
わめさん、

>うーん、突っ込みどころ満載の記事なのに反論が出てこないのは不思議だ・・・

私は4、5年組織に顔を出してないのでわからないのですが、宗祖本仏論が撤回されたか(なわけないか?)、
インターネット禁止令でも出てるんですかね(そういうことじゃなくて?)。

>日蓮(大聖人)自身が仏であると思われていたわけがないと思います。(日寛さんごめんw)

日蓮(大聖人)は「釈子」と名のられてますから、ご自身を「本仏」と思ってなかったと思います。

「釈子 日蓮 述ぶ」(「撰時抄」)

一方で、法華経は成仏の教えとされていましたので、日蓮(大聖人)が仏にならないというのもおかしいかもしれません。

「本より学文し候し事は仏教をきはめて仏になり恩ある人をもたすけんと思ふ」(「佐渡御勘気抄」)

どうなんでしょう、一旦成仏して(釈迦と等しくなって)、上行菩薩として活躍したということでしょうか。
あるいは上行菩薩として活躍されて、最後に成仏した(釈迦と等しくなった)のでしょうか。
そうるすると、釈迦本仏論と宗祖本仏論を立て分ける(二元論)べきでないのかもしれないですね。
Posted by Leo at 2005年11月23日 15:00
追記

>そうるすると、釈迦本仏論と宗祖本仏論を立て分ける(二元論)べきでないのかもしれないですね。

釈迦=宗祖=本仏 論なのかなと。釈迦<宗祖 したり、 釈迦>宗祖 したりするからヘンになってくるのかと。

で、三宝というと、ブッダ、ダルマ、サンガで、仏は誰、僧は誰と限定してしまうから対立が起こるのでしょうね(笑)。
Posted by Leo at 2005年11月23日 15:09
追記2

三宝
ブッダ: 総じてはすべての仏、別しては釈尊
ダルマ: 総じてはすべての法門、別しては縁起の法
サンガ: 総じてはすべての仏教の集い、別しては最寄の教団

ってとこでしょうか。これだったらどこの仏教教団も対立が起こらないと思いますがこんなんじゃダメ?
Posted by Leo at 2005年11月23日 15:16
Leoさん、どもです。(⌒∇⌒)

> サンガ: 総じてはすべての仏教の集い、別しては最寄の教団

サンガは教団と言うより、仏教徒の集まり(所属教団関係なくあるいは混在)としたほうがすっきりしますし、教団同士の和合といった感がありそうでいいんじゃないでしょうか。^^
Posted by わめ at 2005年11月23日 17:04
 わめさん、Leo さん、こんばんは。

 突っ込みどころが皆無ではない記事なので反論を出してみます。

 まず第一に、《曼荼羅を御本尊なんて呼んだら日蓮はびっくりして真っ青に
なり嘆くだろう》というわめさんの予想はおそらく外れるのではないでしょう
か。というのも、日蓮自身が曼荼羅を「大本尊」と呼んでいますから[*1]。

 第二に、曼荼羅を印刷して信仰の対象にすること自体は別にびっくりするよ
うなことではないとわたしはおもいます。というのも、「曼荼羅を信仰の対象
にする」とはいっても、実際に信仰の対象になるのは曼荼羅という形式によっ
て表現されているところの中身であり、紙とかインク(あるいは墨)などでは
ないからです[*2]。曼荼羅の内容にではなく、形式に(すなわち、紙とか墨と
かに)力があると思っている人だけがびっくりされるのではないでしょうか。
だとすれば、日蓮はびっくりしないだろうとわたしは予想します。


  [*1] 万年救護本尊
     http://nichirenscoffeehouse.net/GohonzonShu/016.html


  [*2] 「創価学会をみんなで考えよう」での発言[ 3 ]
     http://page.freett.com/Libra0000/kangaeyou_03.html
Posted by Libra at 2005年11月26日 01:49
Libra師匠、お久しぶりです。(⌒〜⌒)ニンマリ

> 突っ込みどころが皆無ではない記事なので反論を出してみます。

何だか今夜の師匠は優しい感じだわ♪

第一、第二の指摘ともおっしゃる通りかもしれません。^^

 師匠のご指摘の『実際に信仰の対象になるのは曼荼羅という形式によって表現されているところの中身』ですね。

 でも現代の『日蓮仏法を信仰している”つもり”の信者』の多くの方の信仰の対象は、その『曼荼羅という形式によって表現されているところの中身』ではないように思いますし、日蓮(大聖人)はやっぱりびっくりしてお嘆きになるのではないだろうかと思うのですがいかがでしょう。

 このコメント欄も記事の一部と考え、師匠が指摘くださったコメントも残りますから、記事自体の訂正はとりあえず控えたいと思います。
Posted by わめ at 2005年11月26日 02:33
1.現在の創価学会の信仰の対象は宇宙生命であり、日蓮の信仰の対象は法華
  経です[*1]。

2.法華経の寿量品で説かれている久遠仏(日蓮がいうところの「本門の教主
  釈尊」)を「永遠の宇宙生命」なるものと結びつけるのは誤りです[*2]。

3.つまり、日蓮と現在の創価学会とでは、信仰の対象が全く異なっているわ
  けです。

4.日蓮が自らの信仰の対象を図したものが日蓮の曼荼羅なのですから、日蓮
  と全く異なるものを信仰の対象としている宇宙生命論者が日蓮の曼荼羅を
  選んでいるのは奇妙なことです[*3]。

5.宇宙生命論者は「曼荼羅という形式によって表現されているところの中身」
  を理解しようとしないので、こういうおかしなことがおこっているのでし
  ょう。

6.曼荼羅の中の上行菩薩は東を向いており、西を向いている釈尊や多宝如来
  とは向かい合っています。これも、曼荼羅の相貌から明らかであるにもか
  かわらず宇宙生命論者には全く理解されていないことの一つだろうと推測
  します[*4]。


  [*1] 宇宙生命論は仏教ではない(Libra)、〔05.08.25 補足〕
     http://page.freett.com/Libra0000/z001.html#hosoku050825

  [*2] 宇宙生命論は仏教ではない(Libra)、〔05.09.02 補足2〕
     http://page.freett.com/Libra0000/z001.html#hosoku050902b

  [*3] 同上。

  [*4] 本尊論メモ(Libra)、〔05.09.24 補足2〕
     http://page.freett.com/Libra0000/z013.htm#hosoku050924b
Posted by Libra at 2005年11月27日 22:37
Libra師匠の

> 日蓮の信仰の対象は法華経です
> 法華経の寿量品で説かれている久遠仏(日蓮がいうところの「本門の教主釈尊」)

は、それが”中身”でもあり、御書にしたためられている「本尊は(本門の)教主釈尊とすべし」の法華経の中心思想ですね。^^
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/sports/20126/1120491109/nt50-56
Posted by わめ at 2005年11月29日 03:40
題名:法華経・翻訳家・鳩摩羅什の野望
----

『妙法蓮華経』の文字の中に、
「師子吼」という文字が、封印されていた、だって。

証明:
妙=meow[ミャーオ]=猫属の吼える鳴き声=吼
蓮=[レン]=[レオン]=Leo-n=レオ/ライオン=師子---中国発音は、[リエン]
(中国語だと、蓮=lian=[リエン]であり、[レオン]に、より近い、です。)

鳩摩羅什は、竺法の翻訳した『正法華経』から「正」を取り、「蓮」と「妙」
を挿入して、『妙法蓮華経』という、名前にした。
つまり、「師子吼」の意味を隠し備え持つ名前を作った。

( 『妙法蓮華経』と発音すると、『吼法師子華経』と発音していることにもなる )
・『南無妙法蓮華経』は、[ナム・ミャーオ ホー・レオン ゲ・キョウ] と発音する。
(『妙法蓮華経』の中国語は、miao4fa3 lian2hua1 jing1[ミァオ・ファ リエン・フウア チン])

これは、1500年前の法華経熟知者である、鳩摩羅什さんの、秘密事項、ウィット、であった。

詳細は、発見者F.IMAIさんの下記ページを見て下さい。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~the_imai/online/howto.htm#meow
Posted by asifsound at 2006年09月02日 21:18
題名:日蓮の知恵 (題目の中に弥勒[369]菩薩を隠した、だって)
-----
<証明>

南無 / 妙法 / 蓮華 / 経 = Nam / Myoho / Lenge / Kyo
の如く、
まず、題目の発音の中にアルファベット降順の(N, M, L, K)の並びを隠した。

このとき、M, L, K の頭文字は、Mi Lo Ku (= 弥勒) の頭文字でもある。
(ここで、i, o, u の並びは、a,e,i,o,uの後半の3個でもある。)

--- つまり、日蓮はアルファベットを知っていた(ウッソー、多分。神様[or 鳩摩羅什]の御技)。
--- つまり、この題目は、「南無弥勒」でもある。かつ、ABC順の秩序を有す。

</証明終わり>

補足:
@miirokuでも良いが、ABC順の秩序が少し乱れる。
A中国語では、「妙法 蓮華 経」の発音は、「miao4fa2 lian2hua1 jing1 (ミャオファ リェンホワ チン)」
「弥勒」は、「mi2le4(ミレ)」です。
---私の説、つまり、鳩摩羅什は、妙と蓮に弥勒を託した。また、猫叫声(meow)とレオン(Leo)[つまり、師子吼]を託した。
つまり、日本語だと、369と、449をbackgroundに隠したのです。

■前提知識:鳩摩羅什は、竺 法護の翻訳経典「正法華経(紀元2世紀)」の名前から、
正を取り、法の前に妙、華の前に蓮を入れた名前の「妙法蓮華経(紀元5世紀)」を新しい翻訳本の名前とした。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~the_imai/online/Mantra_trick.htm
Posted by asifsound at 2007年09月09日 21:45
二乗の身を恥よ 部分的なのを恥じよ むさの事なくしてむさの事の一念三千伝わるべくもなし 我々皆親の心子知らず 口だけの寄り合いはもういいです 人知れず若いこらが現実に命や自分をとわず実は世界のために世界と戦っている アングラ 泥沼に自分かわいさに溺れるものたち 真実にあいたくば探せ 我人を救わんがための事とうとう真実に会う果をなす 
Posted by 地獄の徒 at 2007年10月17日 21:47
二乗の身を恥よ 
-->正しいと信じて成長を止めるこれ二乗なり
(学識は二乗にあらず)

部分的なのを恥じよ
-->全体を知ったと錯覚し実は部分的であることを恥じよ

むさの事なくしてむさの事の一念三千伝わるべくもなし
-->下手の考え休みに似たり

我々皆親の心子知らず
-->親になれば親の心知る子のままでは親の心知らず

口だけの寄り合いはもういいです
-->実績とは何かそれ砂上の楼閣なり

人知れず若いこらが現実に命や自分をとわず実は世界のために世界と戦っている
-->井戸の中が世界とはこれいかに
自己満足を改めよ

アングラ
-->特定の人々しか理解されないことすなわちそれアングラなり

泥沼に自分かわいさに溺れるものたち
-->指導者や組織に頼るこれ自分たちかわいさにおぼれる泥沼なり
各々が立教開宗せよ

真実にあいたくば探せ
-->プロパガンダがなども真実でなく世界のありのままがこれ真実なり
(真実は見つけるものでもこしらえるものでもない)
道理に基づけ

我人を救わんがための事とうとう真実に会う果をなす 
-->人を救う前に自分をなんとかしろ、さもなくば人を救えん
(たとえれば病人の身では人命を救えん、医者か看護士に君はなれるか)
Posted by Leo at 2010年07月29日 00:26
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Weblog: 神話&神々の研究
Tracked: 2005-11-26 08:30

『法華経』と釈尊の思想
Excerpt: はじめに   今回は『法華経』について少し考えてみたいとおもいます。   『法華経』は大乗経典ですから、歴史上の釈尊の説法をそのまま記録したもの(ノンフィクション)ではありませ..
Weblog: 仏教と批判的合理主義
Tracked: 2007-01-06 00:38
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