2005年11月17日

教条主義はファシズム?

 こんな仰々しいお題をつけてみましたが、わめが書くことなのでわけわかめ(涙)ではあっても難しい話ではありません。
 宗教を信仰する多くの方が、ここでは絞り込んでわめがよく知っている強信な創価学会員の方の多くが、教条主義に傾注してしまっている状態のように思え、それがわめからは恐ろしいファシズムに見えてしまうということです。

 とはいえ、ファシズムって何よ?って言われるとgoo国語辞典の

ファシズム 2 [fascism]
第一次大戦後に現れた全体主義的・排外的政治理念、またその政治体制。自由主義を否定し一党独裁による専制主義・国粋主義をとり、指導者に対する絶対の服従と反対者に対する過酷な弾圧、対外的には反共を掲げ侵略政策をとることを特色とした。イタリアのファシスト党に始まる。ファッショ。

 この程度しかわめは知らないわけですので、この解釈でこの記事は書かせてもらっていますので、ファシズムに対する解釈の突っ込みはご勘弁願いたいです。

 現代の日本は民主主義国家ですが、まぁどこまで理想的な民主主義かはわかりませんが、”人間の自由や平等を尊重する立場”という意味での民主主義は、日本の民主主義の中にもちゃんとあるように思います。

 教条主義もgoo国語辞典で調べてみました。

教条主義
きょうじょう-しゅぎ けうでう― 5 【教条主義】
事実を無視して、原理・原則を杓子(しやくし)定規に適用する態度。ドグマティズム。

 創価学会は日蓮(大聖人)仏法を基調とし、日蓮(大聖人)の残された遺文(御書)を教義の中心思想としています。この遺文(御書)を集めたものが御書全集と言われるものですが、その御書全集に収められている日蓮(大聖人)の遺文(御書)には、日蓮(大聖人)がほんとに書かれたとされるものは半数をやや越える程度で、真偽未決や後世で加筆されたであろうと予測されるものや偽書の疑いの濃いものが半数近くを占めています。

 強信な学会員は、この日蓮(大聖人)の御書に書かれていることを純粋に信じ、その教えに従った信仰活動及び、その教えを現代にマッチさせた信仰活動とする学会活動をしているわけですが、その教えに従った信仰活動とその教えを現代にマッチさせた信仰活動とする学会活動とが、必ずしも相反しないとはいえないかもしれません。

  
 わめの目に映る教条主義的な学会員とは、自らの信念・信条を訂正できない方のようで、日蓮(大聖人)の御書を読みその教えどおりの信仰活動をしているのかと言えばそのような方は少数派で、その教えを学会なりに解釈しての学会教義に対して”自己判断が介在”しての教条的になっておられる学会員の方が圧倒的なように感じます。

 いずれにしてもその教義に対しては教条主義的なのですが、その教義のすべてを受け入れている方は稀で、題目・御本尊・日蓮(大聖人)への信仰心は揺るぎがないとしても、各々自分なりにその教義を都合よく解釈したり、教義全体から重視する部分と軽視する部分と立て分けたり、一部を取捨選択したり、また一部スルーしたりしているようにも思います。

 日蓮(大聖人)は「仏法は道理」、「法門をもて邪正をたゞすべし」、「師なりとも誤ある者をば捨つべし又捨てざる義も有るべし世間仏法の道理によるべきなり」、「円信というは理によって信を起こす」など、理にかなわぬ信仰姿勢を厳しく諌められておりますし、日蓮(大聖人)も破れれば改宗との他宗の僧との法論対決などをおこなっています。法論に負ければ自らの信念・信条を訂正する準備があったわけです。否、法論に負けることを望んで挑んでいたのかもしれないとも思えます。日蓮(大聖人)にとって真に正しい教えこそが重要で、自らの教えの正当性を押し付けようなどとは考えておられなかったのではないでしょうか。正しい教えが勝つ、正しき教えにつくと。

 日蓮(大聖人)のそのような理念・姿勢に反しているのがこのような学会員ではないかと思うのです。

 ここで言う教条主義は、日蓮(大聖人)の教義に照らしての教条主義ではなく、自己に都合よく落とし込んだ教えの教条主義になっていると言うことです。言わば信じているのは自己の信念・信条ではないかと思うわけです。

 これでは日蓮(大聖人)の教え・振る舞いの、理にかなうとか道理とかはもはやどうでもよく、返って耳が痛い、見たくも考えたくもない、それより自己の正当化ができる御文だけの教条主義に陥っているように思いますし、これでは自己の信念・信条の訂正などできるはずもないのではないかと思います。

 それでも題目・御本尊・日蓮(大聖人)への信仰心は揺るぎがないわけで、学会員同士はこの点の一致をみて結束するのではないかと思います。

 もちろん組織運営・維持・発展に都合がよい日蓮(大聖人)の御文だけを強調する組織体質にも問題はあるのかもしれませんが、日蓮(大聖人)の仏法を信じるなら、そのような教条主義に陥ってしまった主体者である自己の責任逃れはできないと思います。

 このようにわめが思う強信な学会員の教条主義ですから、その誤りを指摘されることにも自己否定のように捉え訂正することは非常に難しく思いますし、また題目・御本尊・日蓮(大聖人)への”自己に落としこんだ信仰心”の学会員の集まりである創価学会と言うものも、敗戦後よりの父性の衰退からの人間個々の潜在的な父性の渇望というものと相まって、日蓮(大聖人)・戸田二代会長・池田名誉会長と言う父性の象徴とも言うべき指導者を見出し、その指導者絶対主義を助長し、そこにはファシズムという危険な思想が孕んでいるように感じます。

 余談にはなりますが、宗教に限らずあらゆる分野において、現代は強固な信念を持つと思える父性の象徴を求めているのではないかと感じますし、それが今回の郵政民営化の是非を問う9/11衆議院総選挙でも小泉首相に父性を感じる方が多く、小泉自民の大勝の一翼を担ったのではないかとわめは推測しております。
posted by わめ at 10:32| Comment(11) | TrackBack(2) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わめさん、こんにちは。

ファシズムに教条主義・・・理屈として判った気でいましたが、丁寧に解説して頂き再認識出来ました。  39!!

ところでわめさんは組織と遠ざかっているとの事ですが(役職も?)何か変化は(内外で)有りましたか?
Posted by ぜん at 2005年11月17日 10:42
わめさん、お邪魔します。
難しいことはわかりませんが、
御書(大聖人)を固定的に捉えず、
よい子・悪い子・普通の子的な読み方をすれば、
教条主義に陥る危険性は少なくなるような気がします。
祈りが叶わなかったと、相談に来られた方に、
「ご本尊(大聖人)も機嫌が悪かったんでしょ」
っと、答えるここがあります。
Posted by katu at 2005年11月17日 13:04
ぜんさん

> ところでわめさんは組織と遠ざかっているとの事ですが(役職も?)何か変化は(内外で)有りましたか?

役職についてはいずれにしても変化なく正役職のままです。
ただ以前は色々とお呼びがかかりご挨拶(仏教話ですがw)させて頂いてましたが、今はとんと、座談会にさえお呼びがかからなくなりました。

でもこれは予測されていたことで、上層幹部との話し合いの結果なのですが、今後の処遇については今回の人事異動(11月)で副役職になるのかなぁって思ってたら音沙汰なしです。汗

困るのはその話し合いで、組織としての処遇やことの次第をどのような顛末とするかが決まるまで、わめは内部には話せないことになり、地元組織の日頃よりお付き合いの深い学会員の方々が、何かあったか心配され連絡や会いに来てくださるのですが、事情を説明できずとりあえず仕事が超忙しいと苦しい言い訳しかできないことです。涙


katuさん、コメントありがとうございます。^^

一口に強信な学会員と言っても色々なタイプの方がおられますね。

katuさんは、周囲の方(内外にも拘らず)とよりよい方向へと共に進んでいきましょうとの思いが感じられます。

例えれば厳しき父性が日蓮(大聖人)なら、優しき父性とでも申しましょうか・・・

でも子を思う父性には変わりはなく、それは教条主義にも陥らず、大変良いかたちの信仰姿勢かと思います。

でもkatuさんのような方は、今の組織では受け入れづらくなっているようにも感じます。

ご意見ありがとうございます。今後もよろしくです。
Posted by わめ at 2005年11月17日 13:32
わめさんレス有難う御座います。

なるほど、どっちつかずの曖昧な状態なのですね・・・。

心が覚めてしまっているのに相手からは突き放してくれない・・・ということ?

そういえば、今週の女性の友社刊の某誌で池田氏のご子息の特集が組まれているという話ですが、いよいよ世襲の前段階なのでしょうか?
Posted by ぜん at 2005年11月17日 13:45
ぜんさん

> なるほど、どっちつかずの曖昧な状態なのですね・・・。

いえ、結論(永続的ではないにしても)としては、組織から離れるべきと言うのがわめも上層幹部も一致しています。正式な形(わめの組織内の立場)が遅れている状態ですね。^^

> 心が覚めてしまっているのに相手からは突き放してくれない・・・ということ?

これも違うかも・・・ わめと話した(3時間以上に渡り)上層幹部とは理解し合えましたよ。少なくともわめにはそう思えました。どっちかというとわめの組織に対する現状認識のほうが甘かったように感じるくらいです。まぁわめの言ってることは組織において10年は早いとw

> そういえば、今週の女性の友社刊の某誌で池田氏のご子息の特集が組まれているという話ですが、いよいよ世襲の前段階なのでしょうか?

ごめん、こういった話にはコメントを控えたいと思います。<(_ _)>
Posted by わめ at 2005年11月17日 17:18
今晩は〜わめさん。

記事読みました。理解しやすいように書いて頂いて、有難う御座います。

処で、わめさん組織離れるのですか・・・

それでは。
Posted by 孫悟海 at 2005年11月17日 17:57
わめさん、レスありがとさんです。

私は現場を見ていませんし、わめさんの中での葛藤は知るよしも有りません。 なのでわめさんが自分で選びとる道に対し、他者がとやかく言えません・・・ただ陰ながら応援するのみです。

お互い頑張りましょう・・って偉そう(?)にすんません〜〜。

Posted by ぜん at 2005年11月17日 18:20
孫さん、ぜんさん、コメントアリガト!(´▽`)

組織にとっての師子身中の虫(わめ)がばれたって感じでしょうか。笑
学会にも眼力のあるお方がおられると言うことです。(^^;;

ぜんさん、何を頑張るのか分かりませんが、お互いp(´∇`)q ファイトォ~♪
Posted by わめ at 2005年11月18日 19:32
わめさん、TBさせて頂きました。

私には「正しき教えにつく」という、
そんな潔さは無いのかもしれませんね。

ただ、心には留めておきたい言葉でした。
ありがとうございます。

またお邪魔させて頂きますね。
Posted by katu at 2005年11月18日 22:26
katuさん、こんばんは。

> わめさん、TBさせて頂きました。

アリガト!(´▽`)
 承認してから反映されるのにしばらくかかるようです。(^^;;

> 私には「正しき教えにつく」という、
> そんな潔さは無いのかもしれませんね。

潔さならkatuさんには十分おありだと思います。
わめの書いてることも正しいことかなんて分かったもんじゃないしね。(^^;;
日蓮(大聖人)は釈尊を本尊とすべしとおっしゃり、その釈尊は自灯明法灯明と言っておられるとか。
http://www.higan.net/mt/archives/000529.html

> ただ、心には留めておきたい言葉でした。
> ありがとうございます。

こちらこそわめ如きの拙き記事を真摯に読んで頂き感謝しております。(o*。_。)oペコッ

> またお邪魔させて頂きますね。

☆^∇゜) ニパッ!!
Posted by わめ at 2005年11月18日 22:59
わめさん、今日はで〜〜ふっ!

>組織にとっての師子身中の虫(わめ)がばれたって感じでしょうか。笑

の様ですが、考え方を変えればわめさん自身も踏ん切りがつくというもんで、後はご自身の為に「あるがまま」に進んでゆけるという事でよいのではないのでしょうか。

それでは〜〜。

Posted by 孫悟海 at 2005年11月19日 13:49
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