2007年02月01日

回想

 私は創価学会の両親の下に福子として生まれ、十代後半より日蓮仏法こそ最高の教えと信じ、日蓮の教えのままに生きていくことが最高の生き方と決め、30年近く折伏弘教に励んできました。
 そんなことも創価学会組織から離脱し、日蓮仏法と離別した今となってはもう遠い過去のように感じますが、そんな過去を忘れない内に当時を振り返りながら、また現在の心境・思考とを比較しながら新たに「回想」カテゴリとして書いていこうと思います。

 日蓮仏法と創価学会、それは私にとって物心つく以前から身近にあったもの、家にある書籍は漫画も含め学会関係の出版物で埋め尽くされていました。親父の好きな演歌やビートルズのレコードを除くとレコードも学会歌集や池田大作講演などばかりでした。

  
 そういや少年少女部(今は未来部?)の歌だったか、「強く明るく希望にもえて♪〜」から始まる歌があったのですが、この歌が大好きで小学校低学年の頃は何度も何度も聞いたりレコードに合わせて歌ったりしてたな。
 当時は勤行をすると母親から10円の小遣いが貰えましたが、勤行をしないとテストで100点取ろうが小遣いはもらえなかったな。涙
 この頃のことはこちらにも以前に書きましたが、学校嫌いで如何すれば登校しないで済むかなんて必死に考えてもいたようです。汗
 何がいいことで悪いことか、その答えは創価学会では書籍(漫画・絵本)や少年少女部の集まりや母親や地域の学会員さんから色んな形で教えられていたわけで、この学会流の善悪基準が幼い頃の私にも染み付いていったのでしょうが、他の同級生達は多種多様なオリジナリティがあり、学会流の善悪基準しか知らない私にとっては異世界のようであり途方もなく怖かったと記憶しています。
 これは小学校に入学して第一日目に感じたことで、今でも「異世界のようであり途方もなく怖かった」との印象は強烈に残っています。
 母親からすれば日蓮仏法を信じ実践していくことが最高の生き方であると幼い頃から教え込んでおきたかったのでしょうが、元来のへそ曲がりの性格と思っていた私も、幼い頃は以外と素直だったのかもしれませんが、何も疑問に思うことなく日蓮・学会思想に綺麗に染まっていったようです。

 一神教国(イスラム・キリスト)などでは、このようなことは当たり前かもしれませんし、学校も社会もそうなのですからその思想から脱することなどあり得ないのかもしれないですね。
 きっとそのような国に暮らす人たちも自分の生き方は自分で選んでいると思っているのでしょうが、自分に染み付いてしまった一つの思想をベースにしての、限られた選択肢の中から自分で選んでいるつもりになっているだけなのかもしれません。
 それはそれでその国で暮らす人たちにとっては幸せなのかもしれませんが、私は日本に生まれることができて、多種多様な人々、色々な思想を知ることができ、ホントによかったと心底思います。

 とはいえ、私も日蓮・学会思想を半生持ち続けてきたわけで、時間を戻せるものなら幼い頃からやり直したいですが、無いものねだりをしても仕方ないですし、日蓮・学会思想に生きた過去を今後に活かすことができるならばそれもよしと納得しています。

 活かせるものなら・・・って、私は活かしているつもりですから後悔などしていませんよ。^^
【関連する記事】
posted by わめ at 14:53| Comment(16) | TrackBack(0) | 回想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わめさん
こんにちは。ご無沙汰しております。
「回想」として振り返っていらっしゃるのですね。
創価学会を知らない私、特定宗教に触れずにきた
私にとって、2世、3世の方がどのような心中であったかは想像しかできません。
そして、創価問題に向き合う時にこの想像力が
働かないと、本当に疲労困憊します。
ですが、リアルで福子として生まれた方が
自身を客観的に振り返り、向き合う方はなかなか
いらっしゃいません。
今回のわめさんの記事は、わめさん自身でありながらとても客観的です。

破談になった方も、なかなか自分で自分を振り返ったり、語ったりしませんでした。
・・・というか私にはできなかったのだと思います。
とても、苦しかったと思います。
絶対の創価学会信仰、自分の信仰、それまでの
自分、目の前の現実、それらがぐちゃぐちゃになって、
苦しかったのかな・・・。
Posted by みき at 2007年02月01日 17:23
こんばんは。

なんだか懐かしい(^o^)

私もわめさんと同じような環境に育ってきました。生まれた時から創価学会員。
まずお題目ありきの生活、窮屈だったなあ。。。
それでも初めて大石寺へ行ったとき、
すがすがしくて綺麗と思ったこと覚えてます。

私は創価学会が宗門と別れた後、
信仰に魅力を感じなくなったと思います。

そして今となっては、
宗教が必要だとも思わなくなってしまった。
八正道はいい教えだって思ってますけど^^

創価学会思想にハマったこともあったけど、
もう全て忘れて生きようって決めてます。




Posted by 葉末 at 2007年02月01日 21:48
 みきさん、お久しぶりです。^^

 みきさんのように創価学会を知らない、特定宗教に触れずにきた方には、創価学会の根幹的思想である日蓮仏法やその信仰の思考は、ご自身がおっしゃっているように図り難いように思います。
 これはあなたにその知識・体験がないからに他なりません。

 角度を変えて、理解しようとの考え方を停止して、みきさんのように特定宗教に触れずにきた方は、少なくとも宗教という分野においてはその(ある)宗教思想に強い思い入れがあるわけではなく、現在の基本的姿勢としてはある宗教思想に思い入れや傾注することも少なく、知った範囲の宗教思想を知識として吸収したり活かすことができると思います。

 恋に落ちてる状態(ある宗教思想を強く信じ込んでしまった人)と、冷静に対象を見れる状態(宗教思想に強い思い入れがない人)の違いのような感じでしょうか。

 恋に落ちちゃうとアバタもエクボ、他の異性など眼中に無くなっちゃいますよね。笑

 でも私のようにカッコつけの男は、恋に落ちててもそれを認めたくなくて、またそう見られたくもなくて、恋する相手(強く信じ込んでしまった宗教思想)が本当に素晴らしいから、最高の相手だからその相手を見つめ続けるんだ命がけなんだと、そのように思い込んじゃうように思います。
 これってどう考えたって恋に落ちてる状態なんですけどね。汗

 そのような人は強く信じ込んでしまった宗教思想が伴侶で、実際に恋愛・結婚する異性とはよくて同志、同志と成り得る可能性を持てることが最低条件となり、一般的な恋愛や結婚とは異質な思考・精神状態なんじゃないかと思います。

 独身でありながら既に最高の伴侶(と信じ込んでいる)と共に生きている方と、その伴侶(強く信じ込んでしまった宗教思想)抜きでの恋愛や結婚は難しいと思います。

 生涯を共に生きたいと思う二人なら、他の何よりも大切にしたいですし、他の何よりも大切にしてもらいたいですね。涙
Posted by わめ at 2007年02月02日 04:46
 葉末さんもお久しぶりかな?(⌒∇⌒)

> それでも初めて大石寺へ行ったとき、
> すがすがしくて綺麗と思ったこと覚えてます。

 そうですね、富士の頂上がまるで真上にあるようで勇壮で印象深かったです。
 私は創価班任務で船舶登山、無事故無トラブルで皆さんの歓喜の登山のため大変でしたけどいい思い出です。

> 私は創価学会が宗門と別れた後、
> 信仰に魅力を感じなくなったと思います。

 私は学会を離れ宗門につくべきか真剣に悩んだりもしました。汗
 私にとっては日蓮仏法の実践が何より重要で、どっち(学会・宗門)が本物か見極めがつきませんでしたから。

> そして今となっては、
> 宗教が必要だとも思わなくなってしまった。
> 八正道はいい教えだって思ってますけど^^

 私はやっぱ縁起かな。
 縁起は宗教でもないですし信じる必要もないところもいいっす。

> 創価学会思想にハマったこともあったけど、
> もう全て忘れて生きようって決めてます。

 私も忘れかけてきましたけど、長い期間の経験ですからもったいなくて完全に忘れてしまう前にこうして記事として残していこうかと思ってます。^^
Posted by わめ at 2007年02月02日 05:07
お返事ありがとうございます。

>そのような人は強く信じ込んでしまった宗教思想が伴侶で、実際に恋愛・結婚する異性とはよくて同志、同志と成り得る可能性を持てることが最低条件となり、一般的な恋愛や結婚とは異質な思考・精神状態なんじゃないかと思います。

信心という正妻、同士という愛人ですね。
そして、「どちらも大事、選べない」・・・のような
葛藤に陥ってしまうのですね。



Posted by みき at 2007年02月02日 12:26
 みきさん、こんにちは。^^

> 信心という正妻、同士という愛人ですね。
> そして、「どちらも大事、選べない」・・・のような
> 葛藤に陥ってしまうのですね。

 どちらも大事なのでしょうが、それでもどちらか選べといわれれば正妻を選ぶことになる場合が多いと思います。
 信心があってこそ幸せになる、信心を捨てて幸せはないと創価学会ではそのように教え込まれますから、そう信じてしまうのでしょう。涙
Posted by わめ at 2007年02月02日 15:12
わめさん
まちがい投稿の削除、ありがとうございます。

>信心を捨てて幸せはないと創価学会ではそのように教え込まれますから、そう信じてしまうのでしょう。涙

ええ。涙です。
信仰と創価学会について壮絶なやりとり・・・。
話が通じませんでした。通じる筈ないですね。

わめさんと、活動やってなんぼの功徳の学会員の
対話みました。
もう、全くと言っていいほど噛み合ってませんね。
強く信じてしまった宗教思想(理想?)に想像力を蝕まれてしまうのでしょうか?
創価信仰にかじりついてないと、生きていけないのでしょうか?
かじりついてないと、幸せはないんですね。
あの人は、あれでいいんだろう・・・。

やはり、無力感を感じます。
ダルいコメントになってしまいました。
ちょっと、まともに創価学会員を見てしまったような気がして参っております。
破談になった相手とのやりとりを思い出してしまいました。

すみません・・・



Posted by みき at 2007年02月02日 19:27
 みきさん、こんばんは。

> まちがい投稿の削除、ありがとうございます。

 いえいえ^^

> 信仰と創価学会について壮絶なやりとり・・・。
> 話が通じませんでした。通じる筈ないですね。

 悲しいですが本人が気付かないかぎりは難しいのでしょうね・・・
 それに私達の思う悪しき創価学会のイメージが正しいかどうかも分かりませんし、一人ひとりが自分で考え、自分で判断し、自分の進むべき道を決め、自分の言動に責任を持っていく以外に方法はないのかもしれません。

 私は、創価学会の実態をできるだけ正確に書き残していくことで、今後創価学会と関わる可能性のある方のひとつの判断材料となるのではないかと、私のやっていることも無意味じゃないと考えております。
 それと、創価学会の良い面をあげつらうネット上の偏った書き込みに対して、そうとばかりはいえない事実の提示で、バランスを取るためにも出来るだけコメントをしていこうとも思っております。

 人が、どのような生き方を選ぶのも自由だと思いますが、誤った知識や一部の学会員の印象だけで軽はずみに選択判断するよりは、より多くの情報や知識や他者の実体験を知ることにより、より後悔の少ない選択判断ができるようになっていければいいんじゃないかと考えています。

 私も無力ですが、無力なりにも出来ることは今後もやっていきたいです。
Posted by わめ at 2007年02月02日 20:37
わめさん こんばんは。

以前、いろいろとご教示いただいた者です。
ご無沙汰いたしました。
お教えいただいたサイトは一年がかりで、だいたい読み終わりました。
そして、退会致しました。

今はまだ、ちょっと不安定です。
マインド・コントロールについての本を読み始めたのですが、辛いのか 集中できません。

ところで、勤行すると10円ですか。
可愛らしいお母さんですね。愛情を感じます。
私の周囲では、勤行しないとご飯を食べさせてもらえないとか、ぶたれるとか そんな話ばかりでした。
いつの頃からか、「信心を厳しく教えるよりも、創価学会が大好きな子供に育てなさい」なんて、奇妙な指導をなさるようになりましたから、ぶたれる子供はいなくなったかもしれませんね。
Posted by あいすくりーむ at 2007年02月02日 21:06
 あいすくりーむさん、お久しぶりです。^^

> 以前、いろいろとご教示いただいた者です。
> ご無沙汰いたしました。

 いえいえ、教示なんてとんでもないですよ。(>▽<;; アセアセ
 あれからもう約1年4ヶ月も経つのですね。...( = =) トオイメ

> お教えいただいたサイトは一年がかりで、だいたい読み終わりました。

 たしか五時八教や釈迦の生誕年のお話だったですよね。

> そして、退会致しました。

 w( ̄o ̄)w オオー! 信心暦約30年のあいすくりーむさんが退会されたのですか!
 退会に至る決意までには、多くの葛藤があったものと推察します。

> 今はまだ、ちょっと不安定です。
> マインド・コントロールについての本を読み始めたのですが、辛いのか 集中できません。

 そうですよね。
 ご主人は学会に反対だったようですから、こんな時にはしっかり支えて頂きたいですね。
 私から浮かぶ現在のあいすくりーむさんは、歩き出したばかりの赤ちゃんのように自分の足で歩くことが不安定で心許ない状態のイメージです。
 学会経験のない方には理解は難しいでしょうが、自分で考え、自分で判断・選択して生きていくことは不安もあり大変なことだと思います。
  どうか焦らずゆっくり時間をかけてMCを解いていってください。

> ところで、勤行すると10円ですか。
> 可愛らしいお母さんですね。愛情を感じます。
> 私の周囲では、勤行しないとご飯を食べさせてもらえないとか、ぶたれるとか そんな話ばかりでした。

 あらら、厳しいですね。汗
 母から教わったことには色々間違いはあったように思いますが、母の私に対する深い愛情は私に疑う余地もありません。
 私を一番愛してくれた人、それは母でした。
 愛されていたことを自覚できることは、私の心の大きな支えとなっているようです。

> いつの頃からか、「信心を厳しく教えるよりも、創価学会が大好きな子供に育てなさい」なんて、奇妙な指導をなさるようになりましたから、ぶたれる子供はいなくなったかもしれませんね。

 学会は指導を大きく変えたりしますが、それだけ危機感を感じているのかもしれませんね。
 理想的な組織を目指しての変革ならいいのですが、多くの職業幹部を抱える組織ですから、その方達の生活を守ることを最優先としてなければいいのですが・・・


 あいすくりーむさん、今後もよろしければお気軽に遊びに来てくださいね。
 よろしくです。<(_ _)>
Posted by わめ at 2007年02月02日 22:12
わめさん
リアルで冷静に客観的に、事実に沿って創価学会を語る方、語る場所、ほとんど無いに等しいと思います。

ですから、軽はずみな選択判断はたくさんあると
思います。
これは創価学会員にも、非会員にもあると思います。
ネットでも、偏りはありますが、
わめさんの、他方でのコメントには良い意味で
感情が感じられません。
それが私には心地よいです。
創価学会に絡む人にとってこの感情が悲しいくらい邪魔になる時がありますから。



Posted by みき at 2007年02月03日 13:44
 みきさん、こんばんは。^^

> リアルで冷静に客観的に、事実に沿って創価学会を語る方、語る場所、ほとんど無いに等しいと思います。

 客観的に語れる方は、私のブログにも何人もおられますが、人間ですから感情や思い入れがあったりしますからなかなか難しいのかもしれませんね。
 みきさんが私のコメントにこのように感じられるのは、ブログは日記などとも言われますが、私が残したいものの多くは自分のその時々の感情や思いなのではなくて、できるだけ客観的事実を記したいからなのかもしれません。

> 創価学会に絡む人にとってこの感情が悲しいくらい邪魔になる時がありますから。

 「創価学会に絡む人にとってこの感情」は、それぞれの体験や思いなどがあるのでしょう。
 私だってなかったわけではありませんし、現在も潜在的にはあって何かのキッカケで湧き上がってくる可能性だってあるかもしれません。

 ただ、このような問題には変わりいく自分の主観で思いを語るより、やはり私は客観的にこれからも言動していきたいと思っております。
Posted by わめ at 2007年02月04日 03:41
わめさん おはようございます。

いろいろとお気遣いありがとうございました。1年4ヶ月でしたか。女子部のカルト化を懸念して、情報を得ようとネットに出てきたのでしたが、自分がその とんでもない組織を下支えしてきた、末端幹部の一人だと気付かされたわけです。

人生の先が見える年齢になって、長年にわたり信じてきた、教団やら教義やらを点検してみたら退会せざるを得なかった。私が迂闊だったのですし、バランスを欠いていたのです。MCなど無縁だと思っておりましたから、「洗脳」と「MC」の違いを最近になって知ったというバカさ加減です。

くまりんさんのサイトでしたか、「二箇相承はなかった」……参りました。日興門流ということになるのでしょうか、その存続のためならば「捏造」も厭わない体質であれば、その先にある、さらなる「でっち上げ」は容易に想像できました。「本質を掴んでいるのだから、二箇相承なんか問題じゃないんだ。」といえる問題じゃないと思うんですよ。板曼荼羅はどう説明なさるのでしょうね。

職業幹部は増えました。地域の主要会館には2、3人勤務しているのではないですか。

私が最後に出席した座談会では、「池田本仏論」とも受け取れる指導がありました。年輩者は殆ど聞いていませんから、新入会者と未来部に向けて話しているのでしょうね。未来部は横向いていたって、案外話を聞いているものです。
Posted by あいすくりーむ at 2007年02月05日 07:03
 あいすくりーむさん、こんにちは。^^

 私も何年か前、Poh師匠、Libra師匠、佐倉哲氏等のネット上のテキストから「自分がとんでもない組織を下支えしてきた、末端幹部の一人だと気付かされ」ました。涙
 私の置かれた環境において、リアルで気付けることは難しいことだったかもしれません。
 このことからも、ネット上の客観的な見解の重要性を感じています。

> くまりんさんのサイトでしたか、「二箇相承はなかった」……参りました。

 そうですね、こちらでもくまりんさんのこのエントリーは「記事ウォッチング」でリンクさせて貰ってますが、そのエントリーの冒頭でくまりんさんは下記のようにおっしゃっておられます。

『日蓮正宗の思想はあまりに仏教と対極にあることと、創価学会をはじめとする日蓮正宗・富士門流を信じる人たちがあたかも自分たちが仏教の正統であるかのような主張をしその行動が社会的にも有害でさえあるケースが見られる今日、その思想を仏教からは異質なものとして峻別してこのサイトの一般の読者に提示しておくことは微力には違いなかろうが人がカルト教団の餌食になることを少しでも食い止める一助にでもなれば仏教の側のみならず一般社会にも有益であろうと思います。結局批判は日蓮正宗・富士門流に留まらず「信」重視の大乗仏教にも及んでしまっているのは本来仏教は「信」重視の思想ではない』

 私も「その行動が社会的にも有害でさえあるケースが見られる」と感じますし、「人がカルト教団の餌食になることを少しでも食い止める一助」になりたい、「「信」重視」の思想に警鐘を鳴らしたいとの思いがあります。

> 職業幹部は増えました。地域の主要会館には2、3人勤務しているのではないですか。

 聖教新聞販売店主なども職業幹部に数えるならば大企業に匹敵するほどの人数であるように思いますし、その家族も含め、学会の衰退は自らの死活問題でもありますから、折伏、聖教新聞や学会系列の出版書籍、広布基金、間接的には政治力の公明党、これらの維持・躍進には殊更力を注いでいるのも無理からぬことと思います。
 人間革命とか福運を積むためなどと指導・激励・カツを入れ、学会員をこれらの勧誘・啓蒙・支援活動に駆り立てますが、これら活動の目的は一体どちらなのでしょう。
 「その両方だ」と学会が公式見解でも発表すれば、私も少しは学会を見直すことが出来そうです。笑

> 未来部は横向いていたって、案外話を聞いているものです。

 未来部はスポンジのように水(知識)を吸収しちゃいますからね。
 私も偏った学会知識を信じ、半生余りも持ち続けてしまいました。涙
Posted by わめ at 2007年02月05日 11:50
わめさん お返事ありがとうございました。

わめさんにもそんな時代がおありだったのですか。運営なさる方々の様々な形でのご苦労には、深い感謝を致さなければならないと思っております。

真相を知りたいと願う人には情報こそが必要です。ただ仰るとおり、職業創価学会員がこれだけ増えますと、利害がからまない情報を得るのは難しいですね。長く会内にいらしても、末端のB幹部や地区幹部には幾重にもフィルターがかかった情報しか流されません。幹部の不祥事にしてもそうですし、組織の実態などはさらにそうです。

組織悪に気付いた人は、呆れ果てて口をつぐんだままやめていきますから、気付くチャンスがないのです。ネットでも「アンチの捏造だ」などと平気で仰る方もいらっしゃいますでしょう。直に、酷い実態に触れた人は、呆れて皆、去っていったのです。だから、周囲には居ないんです。

>私も「その行動が社会的にも有害でさえあるケースが見られる」と感じますし、「人がカルト教団の餌食になることを少しでも食い止める一助」になりたい、「「信」重視」の思想に警鐘を鳴らしたいとの思いがあります。

お気持ちは痛いほどわかります。大切なものを失った方が沢山いらっしゃるのですよね。
行き過ぎた「信」重視は、相互監視や厳しい序列をも生みました。

私の息子が通った学校では、オウム事件の後、危機感をお持ちになった社会科の先生が、カリキュラムとは別に独自でカルト問題を取り上げていらっしゃいました。そういう流れが広がることを願っています。

部員さんに福運をつけさせたいと純粋に考えているのは、地区幹部まででしょう。たまに、支部幹部でもいますけど…組織の概要が解ってきて、殆ど諦めてる。部員さんを護ろうとした人は、副本止まりですし。本部長以上は「うまく使う」ことしか考えていません。

>これらの維持・躍進には殊更力を注いでいるのも無理からぬことと思います。

ここまでカルト化しなくても、運営資金は集まると思います。人間の欲望に際限がないことを、よくあらわしていると思います。
Posted by あいすくりーむ at 2007年02月09日 06:42
あいすくりーむさん、こんにちは。^^

> ここまでカルト化しなくても、運営資金は集まると思います。人間の欲望に際限がないことを、よくあらわしていると思います。

 「ここまでカルト化」ですが、組織もさすがに社会経験の多い壮年部に対してはそれほどカルト的ではありません。笑
 でも最近は主に45歳以下、2〜3世の壮年部員をヤング壮年部と銘打って、独自に男子部時代を彷彿させるような会合等も行なわれています。汗

 人間の欲望には際限がないかもしれませんが、仏教は欲を抑止するためにもあるわけですし、何のための宗教団体なのか理解し難いです。涙
Posted by わめ at 2007年02月10日 16:56
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/32582729
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。