2006年09月14日

自分だけは違う

 よく「人の振りみて我が振り直せ」などと言われたりしますが、以外とこれが難しい。
 他者に対しては客観的に見れたりもするわけですが、こと自分のこととなると以外と見えないものです。
 自分の内面的なことなどで悩んでいる時などはこの逆の場合もありますが、自分と他者を同じように見るということは難しいようです。
 こうした原因はどこにあるのか、突き詰めれば「自分だけは違う」からなのでしょう。
 確かに違いますよね。他者は普通に見れますが、自分は鏡に映すなりにしないと見えませんし、声だって自分の声は耳で聞いてないですし、自分に触れる場合も触れる側(指先)などの感覚が触れられる側の感覚を邪魔しますし、自分の匂いにも慣れてて感じにくいですし、痛みも神経が通うのは当然自分の体に対してだけで、他者の痛みは経験からくる精神的な痛みしか感じられません。

 こうして考えてみると、他者と自分とは明らかに違います。

  
 逆に他者と自分とはどこが共通しているのでしょう。
 これは上述した自分と他者を、他者Aさんと他者Bさんに置き換えれば簡単に分かると思います。
 他者A(自分)さんと他者Bさんには明らかな違いはないのです。
 ようするに、上述したような五感等の違いなどから、それぞれ自分自身に主観が備わってくるということなのではないかと思います。
 では主観と相反する客観とは何なのでしょう。
 客観とは、個々人の認識の仕方という面からは「主観の認識・行為の対象」であり、しかしそれは「特定の認識作用や関心を超えた一般的ないし普遍的なもの」で、「主観から独立して存在するもの」と訳されます。

 ここまでをちょっと整理すると、主観(自分)とは客体を認識する主体であり、客体は主体からの認識対象ではあるが、それにも関わらず「主観から独立して存在する一般的ないし普遍的なもの」となります。

 つまり「自分だけは違う」という感覚は、主体である自分自身からでは、客体として自身を見辛いことが大きな原因で、ある意味自分自身を錯覚して捉えてしまっているということではないかと思うのです。

 しかしながら、自分と他者を明確に区別することができないとこのように考えることさえできません。
 錯覚であろうと自分自身を、他者とは違う一人の人間と捉えることができないと、このような認識もできないのではないでしょうか。
 もちろんそこには自身独自の考え方や、独立・独創性なども備わってくるものと思います。
 私の思う自我の確立や、自立とは、どうもこういったことを指す場合が多いようです。

 その上で、自分と他者は違うというのは、主体である自己の主観からくる誤った認識や錯覚であり、このような認識や錯覚に囚われて物事を考えているようでは、正しい(一般的ないし普遍的=在りのまま)認識も思考も生まれてはこないように思います。

 ある人(達)の言動が愚かに見える。これはその人(達)と自分は違うとの錯覚や主観的な認識です。
 その錯覚や主観的な認識はどこからくるのか本質を見極め、その原因となっているものは自分にはないかを考え、見つけだし自分を質していくのが「人の振りみて我が振り直せ」なのではないでしょうか。
posted by わめ at 12:03| Comment(29) | TrackBack(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ううむ。確かに。

「仏道を習ふといふは,自己を習ふ也。自己を習ふといふは、自己を忘るるなり。
 自己を忘るるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、
 自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。」(道元『正法眼蔵』)

Posted by Leo at 2006年09月15日 01:30
何年か前に元極道の妻さんが

「みんなが心の中じゃ『自分だけはまともだ』って思ってんだよね。そういうアタシも自分はまともだって思ってるんだけどさ」

って話してた。

いまだに印象に残っているこの言葉と、
彼女の腕の日本刀傷。
Posted by うらしまみれい at 2006年09月20日 18:15
鏡がなかった時代にも、「自分だけは違う」って
考え方、人々の意識の中に存在していたのかな。

Posted by さあや at 2006年09月20日 21:50
 Leoさん、みれいしゃん、さあやさん、コメントありがとう。^^

Leoさん

 道元『正法眼蔵』からの引用ですか、私には引用の内容の意味がよく分かりませんが、この記事で書いたことと類似する内容なのですね。^^
 どうも私は読解力が弱いので、思うことを自分の言葉で提示し、批判を頂くことでしか前には進んでいけないようです。涙


うらしまさん(笑)

 私も含め多くの人が自分を基準にしてますからね。
 それは大事と記事でも書いてますが、その上で考えていくべきことがあると思います。
 元極道の妻さんの「そういうアタシも自分はまともだって思ってるんだけどさ」との言葉には、その上で考えていくべきことがあるとの思いを私は感じました。


さあやさん

 鏡がなかった時代では、みにくいアヒルの子じゃないけど、水面に自分の姿を映すとかじゃないと自分を見れなくて、その分「自分だけは違う」との認識は薄かったのかも。

 でも、人は見れて自分は見れないということは、自分だけは特別の存在であると考えていたとも言えそうに思います。

 うーん、分かんないや。汗
Posted by わめ at 2006年09月21日 14:03
「何を鏡にするか」によって自分の捉え方は違ってきますね。

最近は犯罪の公開捜査にモンタージュ写真を使わなくなってきました。
似顔絵のほうがピンと来るらしい・・・モンタージュ写真なんて人間の叡智と技術革新の成果だと思ったけど、感性に訴える力は似顔絵に負けるんだなあ。

創価学会という鏡はどんな鏡なのだろう?
そもそも鏡になりうるのかな?

そうそう、鏡のない時代は水を鏡にしていたので、自分の顔を見られないということはありませんでした。
Posted by 創価瓦解 at 2006年09月21日 18:39
こんにちは。

Leoさんの道元さんを車に例えると

>仏道を習ふといふは,自己を習ふ也。

運転のしかたを習う自分、良い運転をしようと心がける自分。
(セルフ)

>自己を習ふといふは、自己を忘るるなり。

赤信号でも別にいいとか、
ちょっとくらい飲酒でもいいじゃんとか、
スピードは50キロにすべしとか、
自分の勝手な考えの運転ルールは捨てて、
交通ルールにのっとること。
また、海外に行ったら日本の運転ルールに固執せず、そこの国の運転ルールで行う事。
(エゴ)

>自己を忘るるといふは、万法に証せらるるなり。

ここでブレーキ!今アクセル!といちいち思わなくても、
自然に上手に車間距離をとって、
交通ルールにのっとってリラックスして運転が出来ている状態。
(無我)

>万法に証せらるるといふは、
 自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり

ドライバーみんなの心境がわかる状態。
じぶんのまわりはみんな安全運転になる。
(無常無我縁起涅槃寂滅)

こんなんでいかがでしょうか。
(これもまた勝手な解釈です)

ほとんどみんな「自分は安全運転」だと思ってる。
なのに世の中事故多発。
自分はA級ドライバーと信じてる人は、ちょっとやっかい。
人にぶつかっておいて相手に「この素人が!」なんて言い放つこともある。
A級か素人かも実は意味もなかったりする。
ただ周りとともに安全運転ができるかどうか、それだけなのに、自分は周りと違って優れていると思いたい。

そうおもわないとやっていけないくらい、本当は普段の自分の運転に自信がないのかもしれない。

今週のうちのトイレのカレンダーは
「自なくして他なく
 他なくして自なし」
でした。
Posted by みれい at 2006年09月23日 03:29
わめさん、みれいさん、こんばんは。

直接今回の話題に関係のない話ですが...

友人葬に出席したとき日本人の平均寿命より長い方がおられなかったので以前から疑問に思っていたのですが、軒ちゃんさんにお尋ねしたら、「心身相関」ということがあるそうです。

必ずしも長生きが幸福とイコールでないかもしれませんが金さん・銀さんを例としても長生きはひとつの価値であり得るし、客観的事実として確認可能
なもののひとつではないでしょうか。

日蓮宗が他宗と比較すると平均寿命が短いとの話をされていた方もおられました。

攻撃性やストレスが関係するとのことでした。

それと、どこかで、過度のストレスは良くないけどストレスが全くないのも良くない、適度なストレスが健康に良いという話をどこかで聞いたのも思い出しました。

初期仏教を考えると(釈尊は80歳まで生きたことも考えると)仏教にはストレスを克服する仕組みが含まれているということはないでしょうか。

人間や宗教をそういう見方から見るとまた違ったものが見えてくるかもしれないと思っています。
Posted by Leo at 2006年09月23日 23:10
初めまして。わめさん、こんにちは
いつも楽しくROGさせていただいておりました。
今回、「勇気だしてコメントしよう!」と思い投稿
しました。
実は、私は2世ですが、完全非活なんです。
でも、主人がバリで、正役職をしています。
その主人が「役職を降りたい」と言い出しました。
理由はいっぱいあって、「これ以上、自分に嘘はつけない。おかしいものはおかしいし、やりたくないものはやりたくない。」
ホウ〜やっと正直になったか。嬉しかったんです。
私と同じような疑問を持ったみたいなんです。いいぞ〜。いいぞ〜。
それで、主人は、わめさんと同様に「ボイコット」
したんですね。全ての事に。
「役職降ろしてください。」理由もきちんと説明して、幹部に伝えたところ・・・
ここからが、怖いのです。
毎日、家庭訪問に来るし、TEL,メールの嵐
私までびびっています。
この前は、家の前で「まちぶせ作戦」されました。
だから、外出するのも怖いのです。
主人は一切無視していますが、はっきり言って
これって「個人の自由」なんじゃないですか?
「責任を果たせないから、役職を降ろして下さい」
と言ったら誰も引き止める権利はないのではないですか?
怖い毎日です。アドバイスどなたかお願いします。
Posted by 仔猫 at 2006年09月24日 16:05
何度もすみません。先ほどの仔猫です。
インターホンの音や電話の音で、ドキドキして
「何か悪いこと私達してるの?」借金取りに追っかけられてるみたいな感覚です。
私の実家は父は未入信、母は以前バリ、現在未活です
でも、実家には、あまり良い思い出ないので
距離をおいてます。
主人の次の人材がいないみたいで、しつこいのかな?
やっぱり怖いです〜 どうしよう
Posted by 仔猫 at 2006年09月24日 16:57
仔猫さん、はじめまして。

わめさんからアドバイスいただけるのではないかと思いますが前座的にちょっとお話します...

私はそれほど熱心に活動してませんでしたが疑問に思い出したのと深夜残業と
会社の転勤と引越しが重なったので活動から離れるのはタイミングがありました。

会社の転勤なのに「逃げられると思ったら間違いだぞ」と脅しのようなこと
複数の方からいわれましたが、当時私は「逃げるつもりはありません」と返事しました。
(複数の方の「逃げられると思ったら間違いだぞ」の言葉にさらに印象を悪くしました)

別の話として、今のようにインターネットが普及する前、知り合いの正役職の方が
学会に疑問を持って役職を降りたことがあったのですが、
(当時はなぜそんなことをするのか不思議でした)
その方は引越しはしていないので、意思を持てば役職を降りることができる
のだと思います。

「これ以上、自分に嘘はつけない。」という感覚わかるような気がします。
「まちぶせ作戦」も(活動から離れる以前ですが)記憶にあります。
深夜帰宅すると車のなかから人が出てき呼び止められてぎょっとしたものです。

彼らは日蓮仏法(という名前の実は組織の都合や常識)が日本の法律や世間の常識
(たとえば個人の自由)に優先すると思っているところがあるので困ったものです。

話のわかる上の幹部に相談すればそういう行き過ぎの現場の人をたしなめてくれる
という話を聞いたことがあります。
彼らに負けないと密かに心に決めることと心を平常に持つ(彼らに振り回されるのは損)
淡々と応対する、それと時間もひとつの解決策と思います。

Posted by Leo at 2006年09月24日 17:09
続き)

借金取りも行き過ぎた学会員も人の恐怖心を利用して目的を達成しようとするものです。

世間一般的に悪い訪問販売と同じようなもので同じような対応が有効ではないでしょうか。
(基本的にとりあわないとか、極端な場合は法律の専門家に相談するなど)
Posted by Leo at 2006年09月24日 17:18
Leoさん、初めまして。コメントありがとうございます。
Leoさんに言った「逃げられると思ったら間違いだぞ」も怖いですね。信仰者のセリフじゃないですよね。この信心すごいと感じていますが、学会員、活動はあまり好きになれないです。
だって、常識が通用しないですから・・・。
話の解る上の幹部に相談・・実は主人もそれを考えたのですが、地域性でしょうか、上の幹部ほど過激な人々です。
だから、主人は「誰に言っても通じない」と判断したんだと思います。
何か「これからの5年間を100年分と思って戦う」
のがスローガンらしく
それに刃向かう人間は容赦しないみたいな雰囲気
なんです。
これって異常ですよね。100年分って・・・。
Leoさんのコメントに「淡々と応対する」とありました。
そうしたいです。そうできたらいいんですが
複数の知らない男の人達がウロウロして、イタ電
ありで・・。恐怖心を利用してるんですよね、これって。
引越しも考えたんですが、ここは持ち家で容易じゃないです。
個人の人権を軽く考える組織って何?って感じです
文章めちゃくちゃで、ごめんなさい。
何を言いたいのか解らなくなっちゃいました。
Posted by 仔猫 at 2006年09月24日 18:10
子猫さん、こんにちは^^

学会員に対しては、彼らの異常な発言を本部に確認することです、それも本人の目の前で。
財務を強制のように迫る婦人部の人の目の前で本部に電話して「こういのはいいんですか?」と聞いた脱会を目指している学会員がいました。
当然、本部は「そのような財務の集め方はいけない」と言います。
そこでその人は婦人部の人に「私が財務をしないことに問題があるなら、本部の人と話をして下さい!」と言ったのですが、予想通り電話には出ませんでした。

つきまといには録音・録画&本人の目の前で本部に電話、そして「学会員の訪問・接触お断り」の貼紙(加えて「この貼紙を破れば器物損壊で訴える」旨も書いておく)及び弁護士に相談中であることをはっきり伝える(弁護士名を言え必要はない)など、受身ではない対応がいいでしょう・・・これらは実際に脱会をしようとした人が行ったことがあるものです。

とにかく「悪いことをしているのではない!」という意識を持ち続けてください^^
Posted by 創価瓦解 at 2006年09月24日 18:47
>子猫さん

こんにちは

相手は熱意のつもりでしょうし、ご主人も有望で相手にとってなくてはならない存在だったのかもしれませんね。
特に役職にある方達は大変な事と思います。
エスカレートしないかも心配になってきますよね。

幹部に報告されたとのこと。
地域によっても活動具合や引止め具合も違うようで、あっさりしてるところもあれば、地元の幹部に話しても引止めが続く話はたまにききます。
一週間くらいでおさまればまだいいでしょうけどね・・・

話してきいてくれる雰囲気であれば、会うか手紙かメールで意思表示するのもひとつだとおもいます。
もしあまりにも目に余る行為があれば、それをしてくる方の名前、行為、日時をちょっとしたことでもメモしておいてください。
メールなどは一応保管しておかれるといいです。

毎日来られる方、メールを送ってくる方、待ち伏せする方は、頼まれてしているのか、個人の意思でしているのかわかりませんが、その方の名前とそれで困っているという主旨を本部に連絡してみるのはいかがでしょうか。

憲法第11条の『基本的人権の侵害』
 憲法第19条の『思想と良心の自由』
 憲法第20条の『信教の自由』
のなかで私達は宗教に束縛はされません。
言動、行動がひどい場合は
 刑法第222条の『脅迫の罪』
にあたるそうです。
(脱顕正会のサイトから引用)

他には「新宗教連盟」
http://www.shinshuren.or.jp/
ここに宗教トラブル相談電話窓口もあります。
(ここは学会は加盟していないようです。かけたことがないので様子がわかりませんが、サイトをみてご判断ください)

最後に
http://homepage1.nifty.com/kito/syuukyohigai.top.frame.htm
http://homepage1.nifty.com/kito/syouhisyahigai.top.frame.htm
日本弁護士連合の宗教トラブル相談窓口があります。
Posted by みれい at 2006年09月24日 19:42
ご主人も学会を離れるには、人間関係や環境の変化や、学会思想からの転換で悩んだり混乱することも出てくることと思います。
時にはひどく罪悪感になやまされたり罰の概念に侵されたりすることもあるかもしれません。
役職にあった方にとってはとても勇気が必要だったと思います。

今はネットでみんなでつながれるので、
学会を離れても心配ないこともお伝えください。
学会を休んだり脱会することで、学会からも世間からも恨まれることも憎まれることも罰を当てられる筋合いも一切ありませんからご安心ください。
Posted by みれい at 2006年09月24日 19:54
創価瓦解さん、みれいさん、コメントありがとうございます。色んな方法があるのですね。
そうですか、本部に連絡するという手もあるんですね
それって、東京の信濃町の事ですか?

あの〜笑わないでくださいね。
「〇〇役職はずしてください届け」みたいな用紙を
自分で作成して、郵送してもいいのですか?
主人の仕事では、多分、本部が開いている時間は
仕事中なので、TEL出来ないと思うのです。
代わりに私がTELしても信憑性あるのかな?
私がしても大丈夫ならしますが、本人の方が
より確実ですよね。
本部にTELした後、余計に住みにくくならないでしょうか?
形をかえた嫌がらせがあると怖いのです。
借家ならいいですが、ずっと住む家なんで・・。

主人は役職を頑張ってきたから、いろんなシガラミ
があると思うのです。きっと悩んで悩んで出した
結論だと思いますが、「うま〜く」役職を降りて
「うま〜く」非活になりたいのでしょうね。
でも、組織が強行策でくるなら、こちらもそれに
応戦しないといけないのでしょうね。
あ〜難しい!

創価瓦解さんの「悪い事をしているのではない」という意識を持ち続ける・・・。そうですよね。
しっかり、胸に刻んでおきます。
みれいさんの「名前、行為、日時」をメモし、メールも保管する・・・よし!それでいきます。

FAXやメールも見てて「硬軟さまざま」ですよ。
ある時は責任感に付け込むのか「部員の〇〇さんが
大変だからなんとかしてあげてくれ」系だったり
ある時はきびしい「池田先生のスピーチの切り取り」系だったり、なかなか手ごわいです。
もっと色々書きたいですが、まとまりません。
変な文章でごめんなさい。
Posted by 仔猫 at 2006年09月24日 21:08
本部への電話は、相対して話をすることになった場合に(もちろん会館などではなく自宅などで)、おかしなことを言うでしょうから、ちゃんと「では目の前で本部に確認しますが、いいですね!」と言って電話をかけるのです^^

嫌がらせを気にするのはわかります・・・借家でないので穏便にしたいのであれば、徹底的に無視するか、本当に弁護士を立てて、この際脱会までしてしまうことを考えてはどうでしょうか?
残念ながら「善意や良識に期待する」なんてのは通用しない・・・おわかりだと思います。

尚、脱会は文書ではっきりするのがいいのですが「たかが役職辞退」などで手紙を出すのはやめておいたほうがいいでしょう。
既に口頭で伝えてあるのであり、実際に活動をしなければ、いくら何を言ってきても「思い通りにならない」という【事実】が生じるのであり、とにかく後は「活動しない」に限るのです。
Posted by 創価瓦解 at 2006年09月24日 22:24
>本部に連絡するという手もあるんですね
それって、東京の信濃町の事ですか?

そうです。

役職だけをはずして、学会には留まりたい、というのは、
今までの学会員ともできるだけ事を穏便に済ませたい、というお考えでしょうか。それとも信仰上の理由でしょうか?

>「〇〇役職はずしてください届け」みたいな用紙を
自分で作成して、郵送してもいいのですか?

これは今まで聞いたことがないのでどれくらい有効なのかよくわかりませんが、創価瓦解さんのいわれるとおりかもしれませんし、ひとつの意思表示として送られるのもいいかもしれません。

郵送の際の脱会証明の送付など、本部に手紙を送る際にも参考になると思うので、こちらの脱会届送付などをご覧になって見られるといいと思います。
ご存知チョンガーさんのサイト。
http://www.medianetjapan.com/10/meeting/soka/
本部電話番号、脱会例も載っています。

>本部にTELした後、余計に住みにくくならないでしょうか?

現場でらちがあかなければ、そうするしかないと思いませんか?
それに、役職を降りることで、いままでの関係とは変わってくるので、態度も今までどおりとはいかないとおもいますよ。
すべて都合よくはならないのを覚悟しておいたほうがいいと思います。

人間関係も、そりゃ出来るだけ穏便に済ませたいですよね。
でも、一般の組織とは違って「戦う宗教団体」なので、気をつけるに越した事はないですし、なかなか涼しくなんてのも叶わないかも知れません。

嫌がらせに関しては、皆が恐れるほど、ないと思います。
今まで役職の方も結構な数が脱会しています。
地方の役員が役職を降りて嫌がらせがはじまった、なんてことがあれば、それこそ創価学会の信用問題にもなります。

学会特有の罵詈雑言を言われるのは、学会に不利になる相手が”怨敵”になります。ただ抜ける相手にはそこま労力は使いません。
でも近所の学会員の子供に「あ、あいつ、魔だ!」と指差されることくらいは日常にあるみたいです。

またいつか、待ってるね、くらいの気持ちがあってほしいですけどね。

他の方の脱会や活動に関する悩みも今までいくつもあるので、参考にされるといいかもしれません。
この場合、シナプスさんまでご連絡ください。
http://synapse66.fc2web.com/counseling2.htm

本当は、他にも抜けたくても言えない方とか、休みたい方、いるんじゃないですかね?
熱心でまじめな人ほど、心のどこかに持っているような気もします。
おたがい本音でゆっくり話し合える時間が持てればいいでしょうけどね。
Posted by みれい at 2006年09月24日 23:41
地域の役職辞退について本部に手紙を出しても、本部はそれを該当地域に回すだけです。
口頭で伝えてあるのを「ほら、本部にまで意思表示したよ!」という意味はありますが、実際に役職辞退を本部が認めるということはありませんし、地域のほうだって認めないでしょう・・・口頭で伝えても聞く耳持たないようですからね。

学会が辞退を認めようが認めまいが、要は「やらなきゃ辞退したのと同じ」であり、淡々と「要求に応じない実績」を作るのと、聞く耳持たない相手には「こちらも聞く耳を持たない」ことと、あくまでも「こちらは何も悪くない」ということを夫婦で確認しあうことが大切だと思います。
Posted by 創価瓦解 at 2006年09月25日 00:07
創価瓦解さん、みれいさん、本当に具体的に教えて
くださってありがとうございます。
本当は、脱会したいのです。夫婦共に。
出来ない理由は、個人折伏した方や、親に対する
心情があってどうしても出来ないのです。
でも、夫婦共に非活でいこうと考えています。
「自分の時間は自由に使いたい」これが本音です。
財務もしませんし、何も購入しません。会合も行かないし、家庭訪問もお断りです。選挙もです。ただ、祈りは続けていこうと考えています。

本当は、今のバリ活動家の人達もこの様に考えて
いると思います。あ!婦人部は別かな〜
婦人部は政治に疎いし、結構、盲信バリ活多いな〜

ちょっと、冷静に考えたら、学会がおかしいのは
誰でも解るんだけど、会合会合で冷静にさせない
様にしてるんだよね。これがMCだわ!

さっき、主人とも話し合いをしたのですが、「後は
行動しない。何を言われても何もしない」で一致
しました。完全非活でそのうち、向こうも根負け
すると思ってます。
でも、あんまりひどい態度に出られたら脱会も
考えざるえないかな・・ここらが微妙です。

このサイトに出遭って本当に感謝しています。
でなければ、孤独で、どうなっていたか解りません
また、その後の経過を時々お知らせしますね。
Posted by 仔猫 at 2006年09月25日 00:49
 仔猫さん、初めまして。^^ 皆さんこんばんは。(もうおはようか。汗)

 私は超出遅れてしまいましたが、仔猫さんへのアドバイス、Leoさん、創価瓦解さん、みれいしゃん、ありがとうございます。
 今後ともアドバイスの程、よろしくお願いします。<(_ _)>

 仔猫さんは、ご主人と話し合われ、完全非活でいくことになったようですね。

 仔猫さんのご主人は、「役職降ろしてください。」と、その理由も言われてから間もないと思いますので、訪ねてくる学会員さんと話をするのも嫌だろうと思いますし、それは仔猫さんも同様でしょう。
 それに何のために訪ねてくるか、これはお分かりのこととは思いますが、それはご主人が役職を降りたい理由は、学会組織及び活動、そして学会の信仰を誤って捉えていると思っているからで、おそらくそれを説明・説得し、役職を降りることを思いとどまってもらおうとの意図だろうと思います。

 その後の経過など、お聞かせ願えればありがたいです。

 私からはとりあえず、参考になるかどうかは分かりませんが、私が正役職の活動家から現在のように完全非活になるまでの経緯と状況を、記事リンク等を含め紹介させて頂きます。

 私は昨年の8月より一切の学会活動を停止し、正役職から今年の1月に副役職になれました。
【自身と組織と信仰と】
http://wame.seesaa.net/article/9271812.html
【今、創価学会に思うこと 02】
http://wame.seesaa.net/article/12124505.html

 そして現在までのところ、学会との関わりにおいて、別段煩わしいほどのこともなく完全非活で過ごせております。

 とは言っても、座談会等の連絡や、聖教啓蒙・選挙時期には今も地区幹部の方がやってきたりはしているのですが、家の外で数分立ち話をするだけや、相手により玄関先まで入ってもらってわずかな時間話を聞く程度です。

 私の場合、活動停止の本当の理由は、壮年幹部にのみ話し、支部長以下には仕事が多忙との理由になっています。

【今、創価学会に思うこと 03】のコメント欄で、その理由について、この壮年部幹部とのやり取りを一部書きました。
【今、創価学会に思うこと 03】(2006年04月13日 02:58)〜(2006年04月14日 20:54)
http://wame.seesaa.net/article/15792875.html#comment

 また、学会員の訪問を拒まない理由や「支部長以下には仕事が多忙との理由〜」に関することでは、下記記事で書いたことも関係するかもしれません。
【自分を演じること】
http://wame.seesaa.net/article/10567516.html
Posted by わめ at 2006年09月25日 05:53
わめさん、ありがとうございます。
わめさんが紹介してくださった過去の記事も全部
見させていただきました。
そうそう、これが言いたかったんだ!
一つ一つ、その通りと納得しております。

私自身もバリ活時代が結構な期間あって、ある時を境に完全非活になりました。
役職も結構重い役職だったし、でも、そのおかげで
学会の「裏と表」をおもいっきり見ました。
その結果、自分の結論は「信者は利用されてるだけなんだ」とはっきり自覚しました。

目にみえない「功徳」にすがり、お金、時間、票
すべて奪い取っていきます。病気になったら「宿業」良くなったら「功徳」
ちがうでしょ?いいことは「信心のおかげ」悪いことは「自分の責任」都合の良い解釈ですよね。つくずく!

主人も同じ考えです。だから脱会したいのが本心
です。主人曰く「話し合いを何度か持ったけど
解ってもらえてない。正役職を降りると一念が切れるとか言われた。どうしても話しても無駄なようだ
」と言っていました。
だから、もう夫婦で「完全非活行動」にでるしか
方法はないと思いました。

でも、人間って我慢の限界があって、発作的に
チョンガーさんのサイトにあった様に
本部宛に脱会届を郵送したい気分にさせられます。
だって、思いつめちゃいますよ精神的に、ハア〜
色んな人との繋がりや、心情で何とか思い留まって
いるっていう状況です。

昨日も深夜近くまで数人の男の人がウロウロしてました。もう一度話し合いしたらいいのかなあ?
でも、堂堂巡りかも。
また、まとまりのない文章になりました。
ぶっちゃけ腹が立ちます!馬鹿にするなよって感じ
ハア〜疲れてます。
Posted by 仔猫 at 2006年09月25日 10:07
何度のすみません。仔猫です。
学会本部のTELって平日は9:00〜17:30迄で
土曜は9:00〜12:00迄しか受付しないみたく
日曜、祝日、夜間や早朝は出ないみたいです。
うまい時間に話し合いできたらいいのにと思っていたんですけど・・・。
これじゃ〜無理だなあ がっかり
Posted by 仔猫 at 2006年09月25日 10:57
 仔猫さん、こんにちは。^^

 各種会合で話をする機会が多かった私ですので、そんな場で公明党のアメリカのイラク攻撃の容認、つまりは公明党・創価学会は戦争容認、反戦平和から反戦の2文字が消えたことや、学会教義の矛盾点などを話されるのはまずいと思ったのでしょう。

 だからか、その幹部は「学会にはご年配の学会員さんが沢山いますしそのような方に猜疑心を与えてどのような結果になるのか?」、「長年信心を純真にしてきた年配の方に学会は間違っているということを分からしたからといってその方達は幸せになれると思う?」と言われたのだと思います。

 役職を降りる本当の理由をその幹部しか知らないことと(互いに本当の理由を漏らさないとの約束を交わしました)、その幹部も大筋で役職を降りることに賛成してくれたのはこのような理由のようです。
 また、連絡等以外に地区や支部の人が訪ねてこなくなったのも、その幹部が手を打たれたのでしょう。


 仔猫さんのご主人の場合は、今までの活動からおそらく地域組織になくてはならない存在と思われてしまっているのでしょう。
 今後も執拗に説得工作に出てくるように思います。

 それに対抗するためには、正攻法だけではなく、「これ以上訪問や連絡が続くなら本部に直接の脱会手続きをしてやめる以外にない」、それくらい神経が参っている等を、地域組織側に伝えるなり、今後の手を考えるのがよいように思います。
Posted by わめ at 2006年09月25日 15:50
わめさん こんにちは

>公明党のアメリカのイラク攻撃の容認、つまりは公明党・創価学会は戦争容認、反戦平和から反戦の2文字が消えたことや、学会教義の矛盾点などを話されるのはまずいと思ったのでしょう。

これこれ!主人も矛盾を感じています。

>公明党のアメリカのイラク攻撃の容認、つまりは公明党・創価学会は戦争容認、反戦平和から反戦の2文字が消えたことや、学会教義の矛盾点などを話されるのはまずいと思ったのでしょう。

という事は、相当上の幹部と話をされたのですね。

それと、私個人の考えなんですが、一時期、自民党が創価学会叩きを相当やった時、池田名誉会長を証人喚問させるとまで言った事ありましたね。

元衆議院議員の野中氏が発言してますが「学会を
叩けば、向こうから擦り寄ってきたんだ」と。
学会側は、反対の事を言ってましたね。
「自民党からお願いされたから連立を組むように
なった」と。これは野中氏の発言が正しいと思います。

このあたりから、学会も公明党もおかしくなりだしたと感じています。

個人的な直感です。
「創価学会も池田名誉会長も叩けば、相当マズイ、ホコリの出るような事があって、それを国会で公にされたら、信者は減り、学会、公明党、その他関連企業の存続に影響する」
と上層部が思い、自民党と連立を組んだのでは
ないかと推測します。

今までの嘘が公になるのを恐れて、「福祉の党」が
障害者自立支援法、医療法改正、介護保険改正
弱者切り捨てに公明党は賛成したのです。

要するに学会を守るために庶民を切り捨て、反戦を
翻し、学会の都合の良い様な教学を刷り込んだのです。すべて保身です。現在行われている学会活動は
営業です。しかも無償の!信仰ではありません。

名誉会長亡き後の集金額の減少を予想して
上層部が成果成果と叫んでいるように感じます。
本部幹部、関連企業の職員の為にただ働きをさせられるのは、もううんざりです。信仰とは関係ない
事ですから。

私達夫婦は、最終的には(役職の件が解決しないなら)、相当上の幹部にこの事を言わなければいけないと感じています。
誰に言うか・・検討中です。
言う人を間違えば大変な事になるからです。

でも、すでに非活状態ですから、時間もお金も自分のものです。

わめさんはじめ、多くのみなさん、今後の推移を
お楽しみ下さい。

>これ以上訪問や連絡が続くなら本部に直接の脱会手続きをしてやめる以外にない」、それくらい神経が参っている等を、地域組織側に伝えるなり、今後の手を考えるのがよいように思います。

ここまで行く覚悟で望みたいと思います。
わめさん、具体的にありがとうございます。
わめさんも大変な思いで行動されたのですね。
でも、良い幹部と話し合いできて、うらやましい
です。その人が皆を納得させたのですね。
我が家は、もう一山二山ありそうです。




Posted by 仔猫 at 2006年09月25日 17:47
わめさん ごめんなさい。何度も。仔猫です。

↑のレスの一部に誤解があったみたいです。

よく読むと、わめさんと話合いをした幹部は
聖教新聞の地域販売店の店主だったのですね
よく解っている方と話できて、よかったですね。
取り急ぎ訂正の投稿をお許しください。
Posted by 仔猫 at 2006年09月25日 22:50
>子猫さん、
応援してますよ〜

>わめさん

仏教でもよく言われるけど、言葉ってつくづく本人を映す鏡ですねぇ。
全部自分が発する言葉は自分を映す。
鏡だと思っていないと
「自分は違う」と思うのかもですね。
Posted by みれい at 2006年09月26日 00:48
わめさん、こんばんは☆

ご挨拶が後れましたが、このたび、私さあやは、自分のブログをたちあげました。
つきましては、こちらのリンクをはらせてくださいませ。(ダメっていってもはっちゃうもんっ)
Posted by さあや at 2006年09月26日 21:22
 創価瓦解さん、みれいしゃん、こんにちは。^^

 自分を映す鏡はいろいろあるのね。

 水であったり、思想であったり、自分が発する言葉であったり・・・

 人を見る場合も、直接見る以外に自分なりの尺度でみてしまうということもあるようですね。


 Leoさん、こんにちは。^^

 心身相関ですか、仏法では色心不二に当たる言葉ですね。
 初期仏教ではわかんないけど、ブッダはあることないこと分からないことは分からないと合理的に理解して、自ら欲する生き方をされたってことでは根本的なストレスはなかったのかもしれませんし、それぞれの人に如何に説いていくかということではストレスもあったかもしれません。
 ブッダにとっては適度なストレスだったのではないでしょうか。
 そういえばブッダの待者であったアーナンダもかなり長寿だったようです。

 あ、財務の話は【創価学会について語ろう】が望ましいと思いますので、こっちのコメントをあっちに移しますね。<(_ _)>


 仔猫さん、こんにちは。^^

 多くの人は人に応じて、また態度に応じて態度を変えるものかもしれません。
 今後学会の方と話す時のために、自分を鏡で映すように自分を見て、どのような態度が望ましいかを考えてみるのもいいかもしれませんね。


 さあやさん、こんにちは。^^

 ブログ開設おめでとう。(*^▽^*)
 それにリンクしてくれてありがとうです。

 こちらからもリンクさせてくださいね。(゜▽゜*)ニパッ♪
Posted by わめ at 2006年09月27日 15:24
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