2006年07月29日

今、創価学会に思うこと 04

 ここ半年、夜の街で散財しまくりな私でしたが、元々散財するほどの蓄財もなかったし、そろそろ生活を改めようと努め始めたわめです。^^
 いや、これ(夜の街)がなかなか癖になっちゃって、夕方には自然とシャワーを浴びちゃったりして、もう毎日暗くなる頃にはいつでも出掛ける準備が自然とできていたりするので抑えるのが大変です。汗
 と言うか、いくつも会社を経営していた時代に、毎日数年、嫌というほど「飲む・唄う・女」に明け暮れていたのですから自分でも「今更何やってるんだろ?」と呆れてもきております。コホン
 
 
 まぁこんな私っすから自己正当化などできようもないわけですが、世の中色んな方がいるようで、それができちゃう方も結構いらっしゃるようです。
 そうそう、私もつい2年ほど前までは、法華経は釈尊の直説、日蓮御書は如説修行の指標であり、その言説は一文一句絶対に正しいと信じて、誰はばかることなくリアルでネットでその正しさを堂々と訴え続けておりました。
 当時の私にとって種々の主張の正しいか否かは、日蓮の御金言にあるかどうか、ただそれだけだったのです。
 根拠?、日蓮が仰っておられるから。それが根拠であり正しいこと。だって日蓮は仏だもん。仏の言われることに間違いなどあるわきゃない。と、そう思っておりました。
 仏は神を従える者、仏よりすごい存在はこの世にないと私は当時思っておりましたからね。(^^;;

 こんな学会員の模範?のような私だったのですが、Libra師匠や佐倉哲氏、くまりんさんや曽我さんやその他沢山の方のテキストに触れ、最近は少し頭の中が柔軟になってきたように思います。

 正直、生きていくことの目的観や、(自他共の)幸せを強く求める願望というか欲、それらを無くして自分はこれからどうなってしまうのかとの不安もありましたが、元来私自身の中には、そのような強い目的観や欲など無かったように思いますし、それらが自らの自由で可謬的思考の妨げにもなっていたことにも気付くことができ、今に至ることができました。

 ここに至るまでの道程の何か一つをすっ飛ばしても、今の私はなかったことでしょう。
 そういった意味では、創価学会にも感謝の気持ちを持っております。

 うーん、誰の人生にも結局無駄というものはないのかもしれませんね。^^
posted by わめ at 05:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 今、創価学会に思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わめさん、こんにちは。

私はバブル時代にはほとんど毎日というぐらいに飲みに行ったりディスコ(笑)なんかにも行ったです。
楽しかったですよ。車も車検前に買い換えたりして。
Posted by Leo at 2006年07月30日 13:03
 Leoさん、こんばんは。^^

 Leoさんも私と同じようなことをやってらしたのですね。(^^;

 にっし〜さんのブログに、みれいしゃん・Leoさんに加えLibra師匠もご参加されて、興味深く読ませてもらってます。

【僕が考える仏法と他宗の違い】
http://blog.drecom.jp/nisshiey/archive/122
Posted by わめ at 2006年07月30日 19:30
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