2006年02月15日

父の信仰

 父は創価学会員であり御本尊・題目には信仰心は弱いながらもあるようです。
 また自宅は個人会館として地域組織にも役立ててもらっているようですが、私はそれらに批判的な意見は言ったことはありません。
 父の学会批判めいた小言を聞いてあげることはありますがそれも話を合わせる程度です。父が強引な折伏や新聞啓蒙をしているのであれば、私も何かしら言うこともあるかもしれませんが、父にはそこまで学会や信仰に思い入れがあるわけでもなく、「公明党は好かん」と選挙だって面倒がって行きたがりませんが、姉(娘)に連れられ止む無くといった感じの父です。

 TVで好きな相撲・プロ野球観戦と信仰とどちらが大事なの?と疑問になる時もありますが、それでも信仰は父の限られた生きがいの一つなのかもしれません。

 私の父に対する願いは、毎日を楽しく健やかに過ごしてくれることだけです。他人に迷惑をかけない範囲であれば私は何でも許せそうに思いますし、私も出来る限り力を貸してあげたいです。

 今回の記事はみくさんの『それでも折伏 〜心の支え〜』の記事にトラックバックさせて頂くために書きました。
posted by わめ at 15:47| Comment(2) | TrackBack(1) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わめさん、またまたお久しぶりでした。
風邪を引かれていたようでしたが、回復されたようで良かったですね^^

あらためましてTB有り難うございますm(__)m
記事にもして頂き、恐縮です。

昨日も父と話しをしたばかりでした。
一喜一憂って感じで、話をしているうちに
半分喧嘩腰っぽくもなってしまったんですが(^^;

肉親を折伏するというのは、意外にも
難しいものですね。
感情も入ってしまうので尚更だと実感しています
それでも理解しようとしている現状ですので
ゆっくり対話していこうと思っています。

わめさんのお父様も、心の底では
信仰が生きがいとして捉えてる部分もあるのかも
しれませんね。

学会命!じゃないとしても(笑)
信心が心の支えであるならば
わめさん同様、毎日を楽しく元気に過ごされる事を
願うばかりです。

こちらからもTBさせて頂きます^^
Posted by みく at 2006年02月15日 17:11
 みくさん、こんにちは。

 みくさんのお父さんの年齢は分かりませんが私の父は70歳代後半で、新しく何かを模索するなどは到底出来そうにもありません。
 そんな父なのですが今の信仰自体にも納得のいくものじゃないみたいで、そういったところが真剣に勤行・唱題や学会活動をやっていこうとは思えない原因みたいです。
 ただ、母が死ぬまでこの信仰をやってきたことと、それに変わる何かを得られなかったことが今の父の信仰姿勢そのものなのかなって感じています。

 みくさんのお父さんには自分なりの考え方と言うものがあると思いますし、学会の信仰に果たして納得できるかは不透明ですので結果は分かりませんが、結果よりも自分の思いをしっかり伝えることが大切に思いますし、それができれば充分ではないでしょうか。

 何か(この場合望む結果)を相手に求めることは我執にも成りかねませんし、それは自身やお父さんにも苦痛を伴うように思います。
 望むこと(知りたいこと)に応えてあげるだけでいいように思いますし、お父さんがよりよい方向を模索されているのなら、みくさんも固定的な考えに陥らず柔軟に互いによりよい方向を目指されてはどうかと思います。
Posted by わめ at 2006年02月16日 12:13
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Excerpt: 前記事からの続きです。 会合に出なくなった私は、日々忙しく過ごしながらも 組織に捉われることなく充実した時間を過ごしていました。 会合に参加していない中でも、勤行・唱題だけは毎日していました。 充実..
Weblog: 一進一退~悩める創価学会活動日記~
Tracked: 2006-02-15 17:22
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