2005年12月23日

ワンコとニャンコの思考

 へんてこりんなお題になりました。汗
 うちには以前ワンコ1匹とニャンコが2匹おりましたが、ワンコとニャンコの各1匹をある事情で遠くに手放さなくてはならなくなり今はニャンコ1匹になっちゃいました。
 その手放したニャンコの2で『どよ〜んx2』で書いたように車に轢かれて亡くなったって知って、誰もが死んじゃうわけだからそれは仕方ないとして最後の時まで楽しく生きてくれたのかなぁって考えちゃったりして、デジカメで撮ったそのニャンコとワンコの写真が何百枚とあるものだからその写真を見ながらその当時の情景を思い出したりしてさっきまでニヤニヤしてました。^^

 亡くなったニャンコはワンコの兄貴のような感じで、どちらもペットショップから生後2〜3ヶ月で譲り受けてきたのですが、ワンコより1年ほど早く我が家に来て家族のようにわめ達と暮らしてまして、そこに柴犬オスのワンコが新たな家族の一員として迎え入れられたのです。

  
 
 1年先輩なニャンコは自分より体のでかいワンコに、おまえここに何しに来た?とのあまりよい歓待はしなかったものの、ワンコは群れで暮らす習性からか先輩ニャンコには敬意を表していたようで、ニャンコが好奇心でワンコの匂いを嗅ぎにいったりしても、姿勢を崩さずそのままじっと「お任せしますワン」ってな感じでおり、このニャンコはやんちゃで慣れてくるとワンコの耳を噛んでみたり顔を手で(前足ね)ペシペシしてみたりして、意地悪にもその反応を楽しんでいるようでした。
 でもニャンコは何かを確かめるように耳を噛んだりペシペシしたりしているようで、耳を噛むのも強く噛んだりも試しているようで、ワンコも溜まらず「キャン」って啼いてこりゃ堪らんワンと伏せ状態になり勘弁してワンとの姿勢をとるのですが、それでもニャンコのほうは更に強く噛んだりするようで、ワンコも耐え切れず飛び起きて「やめてくれよワンワン!」と吠えるたりするのですが、ニャンコはそのワンコの顔に今度はペシペシビンタをおみまいしたりするのですが、ワンコもニャンコのペシペシビンタの手(前足ねw)を噛もうとやっきになるのですが、反射神経はやっぱりニャンコのほうが数段上で、とても口で捕らえることはできません。
 んで、そのうち堪らずワンコは逃げ出すのですが、ニャンコは待っていたとばかりに追い掛け回しワンコの上に覆いかぶさり耳を噛み、ワンコは痛くて「何するんだワン!」と怒り、今度はニャンコが逃げワンコが追いかけるという状態になったり、このようなことを飽きもせず何度も繰り返すのですが、そのような写真も撮ってあって懐かしく眺めているとそのニャンコとワンコのなんと楽しそうな表情なことでしょう。^^

 あっと、感慨にいつまでも耽ってないで、お題のお話しにいかなければw汗

 動物も人間と同じようにこんなに感情に溢れ生を謳歌できることの素晴らしさ、そしてまた人間と同じようにニャンコ、ワンコのその特性はあるもののその思考力もまんざら捨てたもんじゃないです。

 ワンコはおやつが貰えそうだとこっちのしぐさで感じると、一目散で飛んできてわめの目の前でお座りします。
 ちょっと意地悪してTVにでも視線を置いておくと今度はお手のしぐさを始めます。
 更に知らん振りしているとその手(前足w)をわめの膝の上とか、体に触れるようにお手を何度も始めます。
 わめがワンコに向き直って「何?」っと更にとぼけると、視線が来ていることを覚り伏せを始めます。わめも好奇心が旺盛なのか単なる意地悪なのかそんなことでは根負けしておやつをあげなかったりするのですが、ワンコはまたお手をしたり「クゥーン」と鼻に掛かった声で啼いたり、それでもだめなら今度はお家の中を一周回ってきてまた目の前でお座り、お手攻撃、更には伏せと、あらゆる作戦を実行するのですが、お手や伏せは躾けてあるからまだ理解できるのですが、お家の中を一周や窓の外を見ながら外に向って吠えて仮想外敵への威嚇行動などからはご褒美におやつをあげたことなどないわけですが、ワンコの奴はわめがどうすれば喜ぶかを自分なりに思考しておやつを貰うための行動を起こすのです。

 ニャンコはまたワンコとは違って、膝の上に乗ってきたり、わめが立ってれば飛びついてきて首までよじ登り襟巻きネコになったり、TVを見て無視しているとTVに三角飛び(説明が難しいのでパスw)したり、ふすまで爪とぎしたり、PCの前でキーボードを叩いているとキーボードの上に寝そべったりして邪魔をしたりしてくるわけですが、そんなことは教えても誰がやるかニャンってなニャンコですのでこれもおやつ欲しさのニャンコなりの考えからの行動であるわけです。

 このように考えてみると、感情とは別に(或いは関係して)人間以外の動物にも思考力というものを顕著に感じることがあります。

 誰が言ったか忘れましたが(汗)、「人間は考える葦である」との名言?を思い出され、考えるのは人間だけではないんだなって感じ、この名言は迷言かも?なんて思った次第です。

 またそのようなこと考えたら昨今の子供を狙った悲惨な犯罪行為など、感情の趣くままの利己的で他者の命を軽々しく奪ったりする人間の行為が、これらニャンコ、ワンコにも劣る行為でもあるし、その行為を指して「犬畜生にも劣る」と言う言葉は、先程の「人間は考える葦である」よりよっぽど名言であるなんてつまらんことを考えてしまってこのような記事にしてしまいました。汗

 人間は感情(だけ)の動物じゃないでしょ?
 感情はもちろんあるにしても思考、思索し、悩み苦しみ、模索し、善き友を作り、昨日よりも今日、今日は明日への希望、よりよい人生を歩んで行きたいものです。
posted by わめ at 03:34| Comment(2) | TrackBack(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>今の子供を狙った悲惨な犯罪行為など

昔にくらべてこういう事件のパーセンテージてアップしてるのかな?
Posted by ナマズ at 2005年12月24日 01:53
 ナマズさん、こん。^^

> >今の子供を狙った悲惨な犯罪行為など
>
> 昔にくらべてこういう事件のパーセンテージてアップしてるのかな?

 うーん、表に出る数は少なかったと思うけど、昔は家族親族の恥とかで当事者間で解決して隠蔽したなんてことも多かったかもね・・・
Posted by わめ at 2005年12月24日 13:36
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