2005年12月12日

自分を演じること

 人は対人・社会・集団において多かれ少なかれその環境に合わせ自分を演じていると思いますが、名演を心掛ける人、演じてるとほとんど意識してない人、嫌々ながら波風が立たない程度に演じている人、もしかしたら演じていない人もいるかもしれませんね。^^
 また中にはこの演じることに嫌悪感を持っておられる方もいると思いますが、演じることの好き嫌いは別にして対人・社会・集団に対し自分をまったく演じることなく円滑な人間関係を築けている人など稀でしょう。わめも昔はその稀の一人であるなんて思っていた時がありましたが、その過去を振り返ってみて分かったのは、自分を演じてないという自分を演じていたことに気が付いたりしました。

  
 わめは対人・社会・集団に対し、自分を演じることは大切なことだと思うのです。自分とまったく同じ考えの人はいませんし、自分の思う理想の社会もありませんし、理想的な集団もありません。もし自分にとって理想的な環境があるように思う人は、理想的に思うその環境(客体)に自分自身の心が飲み込まれてしまった人ではないかと思います。ってことで素の自分では自分の取巻く環境と多かれ少なかれ摩擦を生じてしまいますから、やっぱりどうしても演じることは必要だと思うのです。

 ただ本来の自分の心の様と演じている役柄とに大きなギャップを感じ、その役柄を放棄したくなる時ってありませんかね? わめはワガママなのか自分が壊れてしまいそうになりそれが怖かったからか、役柄を放棄することが間々ありました。笑 放棄するとは言っても自分で言うのもなんですが、演技力は相当なものがあると自負していますので、放棄するための演じ方も相当うまかったと思います。あ、ここなんですが役柄を放棄することや役柄を変更することは、今まで以上に演技力と熱演が必要になってくると思うのです。それをもうこんなの嫌!と役柄を簡単に放棄できる人は、他の人を大根役者と平然と言ってのけるくらいの名優を自負する誉れ高き人くらいではないでしょうか。わめは名優を自負する誉れ高き人ではなかったので、役柄変更や役柄を降りる時には相当な熱演が必要でした。涙

 わめはこのEnjoyLife系のブログ・掲示板のタイトルでありテーマの、充実した人生・楽しい人生を自他共に味わっていけることを願っておりますので、皆さんとともに演技力を磨き名優を自負する誉れ高き人を目指したいと思っております。
posted by わめ at 11:06| Comment(5) | TrackBack(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あれれ〜、だれも来てへんやん。
ランキング何位とかでうかれてるからやでえ〜。

で、今日の記事は野豚をプロデュースってことかな?
あれ、ちがう?
Posted by 三九郎 at 2005年12月12日 18:19
ボーナスもらって浮かれているのは三ちゃんでしょ^^
でも今日は休肝日でお酒飲めんからご機嫌悪そうだし。笑
それにランキングのことはこっちに書いてないじゃんw(o_□_)oドテッ

> で、今日の記事は野豚をプロデュースってことかな?
> あれ、ちがう?

それキャプ・エンコはしてるけどまだ見てないから分からんw汗
Posted by わめ at 2005年12月12日 19:12
自分を演じててそのうち演じてる自分が本当の自分になるんが、法華経の行者って気がするんは僕だけ?
Posted by 三九郎 at 2005年12月12日 19:51
> 自分を演じててそのうち演じてる自分が本当の自分になるんが、法華経の行者って気がするんは僕だけ?

毛利小五郎、それを思い込みと言うんだ!
http://wame2.seesaa.net/article/10581523.html

自分を演じてる自分も、自分の一部なんだけどね。^^
Posted by わめ at 2005年12月12日 20:01
野豚はまだみてないですわ。

今度まとめてみよう。
Posted by ナマズ at 2005年12月12日 20:03
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