2005年12月09日

他者との関係優先の思想

 くまりんさんはわめの掲示板での書き込みを読んでくださって、そのことを御自身のブログにエントリーしてくださいました。わめの書き込み内容が内容なだけに恥ずかしいやらうれしいやら複雑な気持ちなのですが(うれしいのですけどね。(〃∇〃) てれっ☆)
 その中でくまりんさんは『理想は確かに「始めに大悲ありき」の他者との関係優先の思想でしょう。』とコメントされ、これはわめの関係性重視の考え方を認めてくださっているように読み取れ、このことはもっともっとうれしいのですが、この後に続くコメントでは『しかし悲しいかな人間はそんなに良くは出来ていません。だからこそ自分を戒め自己反省の時間の先頭に立って未来を選択し峻別することで他者に応えていくしかないんです。』と書かれてあり、この理想は人間にとって不可能とおっしゃられておられるようです。

 人の心の奥底までわめには見透かすことはできませんが、でも自身の心やわめの周囲の方達を出来る限り観察してみると、必ずしもそうではないように思えてくるのです。

  
 少なくともわめは「始めに大悲ありき」は分かりませんが、『他者との関係優先の思想』は『少なくとも我々の世界は”ものは依存関係のなかで存在している”』という事実・暫定真理を土台にしているように思うのですがそれを知り、また知る前からも漠然と言葉にはできないままそのような思考・生き方をいつの頃からかしてきたつもりで、この事実・暫定真理を知ったことでそのことが明確になり、『他者との関係優先の思想』は間違ってなかったんだとより一層このことを自分の中心思想として意識し、直接の言動はそれこそ『他者との関係優先の思想』に反するように思い、回りくどい形で言動してきたつもりです。

 それを尊敬するくまりんさんの言葉で『しかし悲しいかな人間はそんなに良くは出来ていません。』を発見してしまい現実的には『他者との関係優先の思想』があり得ないように言われてしまいました。

 正直わめは自分の思考が正しいと自信が持っててないのと、くまりんさんとわめとの意見の相違があった場合、どのように自分の正当化を試みても無駄な努力であろうことが最初から分かっていますのでわめも根っからのアホではない。違っそんなこと言いたいのじゃないw
 自己の訂正に心も思考も自動的に動いてしまう傾向にありますだw汗

 ですがそうなるとわめは『他者との関係優先の思想』をホントは行えていないことになり、行えていると思っていたのはどうやらわめの妄想になってしまいます。涙
 貪瞋痴の塊がそのまんま生きているようなわめですから(笑)、自身をじっくり観察してみてもどうしても妄想だったんだとまだ理解することができません。

 もしかしたらこのようなわめを哀れと思い、くまりんさんならうまく諭してくれるかもしれないとの淡い期待と、或いは真実を少し捻じ曲げてもらって『他者との関係優先の思想』は”人にもできる場合がある”とか、あくまで仏教的観点からみてとかの前提をつけ、まんざらわめの妄想とも言えないと言ってくれないかとの期待を込めてこの記事を書いています。

 それにこのように執着心(妄想もかw汗)の強いわめですから、自分を訂正することにはやぶさかではありませんが、心から納得できるまでは『他者との関係優先の思想』はわめの中心思想として離すことはできないのです。


追記訂正 2005/12/09 10:53

 くまりんさんのこの記事でのコメントを読んで頂ければ分かるとおり、くまりんさんのテキストから『他者との関係優先の思想』が”理想ではあっても不可能”との捉え方は、間違って解釈したわめの読解力不足が原因でした。(^^;;

 今後のためにもどこでこのような間違った解釈をしてしまったのか検証してみます。
 まずくまりんさんの『他者との関係優先の思想』に関わると思うテキストを引用してみます。下記引用部分よりその手前のテキストも関連のあるコメントなのですが、わめには不明に思える点があり、くまりんさんのところでまだ質問をした段階なので省略します。また引用部分より後半にも疑問に思う箇所もありますがくまりんさんにとってもそれは推測であり、そちらは記事としてわめの思うところを書いていこうと思っております。

理想は確かに「始めに大悲ありき」の他者との関係優先の思想でしょう。しかし悲しいかな人間はそんなに良くは出来ていません。だからこそ自分を戒め自己反省の時間の先頭に立って未来を選択し峻別することで他者に応えていくしかないんです。
アビダルマとはまさしくその課程に於いてよりこころの働きを細分化し記号化しそれを意識して自らの心の働きを制御し、未来のダルマを選択し峻別していくための手引きに過ぎません。
 この引用部分からわめは『他者との関係優先の思想』が”理想ではあっても不可能”と誤解釈してしまったのですが、『理想は確かに・・・』と『悲しいかな人間はそんなに良くは出来ていません。』から”理想ではあっても不可能”とわめは判断してしまいましたが、くまりんさんの意図するところはそうではなく、”理想ではあっても、人間は理想通りに生きることは難しいよ”的なニュアンスで解釈するべきだったようです。
 実は『だからこそ自分を戒め自己反省の時間の先頭に立って未来を選択し峻別することで他者に応えていくしかないんです。』もわめは誤解釈していて、”理想ではあっても不可能”だから代替案として解釈してしまっていたのです。(^^;; でも『・・・他者に応えていくしかないんです。』は、意図的に他者を思いやろうとの判断・行為のようであり(わめの無知が生む誤解釈の可能性大)、『他者との関係優先の思想』が自然な心の様である他者への思いやりで無意識的である(わめの観察結果)のに対して、代替案とも取れなくはないとちょっと自らを庇ってみたくなりましたが(冷汗)、それはともかくその後のアビダルマ(水浴びしているダルマさんを想像してしまったのは内緒だw)の説明も含め、『理想は確かに「始めに大悲ありき」の他者との関係優先の思想』、”理想ではあっても、人間は理想通りに生きることは難しいよ”、『だからこそ自分を戒め自己反省の時間の先頭に立って未来を選択し峻別することで他者に応えていくしかないんです。』となるようです。(くまりんさん、またわめが誤解釈しているようならご指摘ください。涙)

 あとこの追記訂正でも触れましたが『他者との関係優先の思想』は、『だからこそ自分を戒め自己反省の時間の先頭に立って未来を選択し峻別することで他者に応えていくしかないんです。』から得られるものとは少し異質な心の様のように思っています。
 人間が本来(要素?・遺伝的資質?)持っている何か(なんだ?)と、『少なくとも我々の世界は”ものは依存関係のなかで存在している”』という事実・暫定真理を、納得がいくまでこれでもかというくらい検証・観察・考察することによりストレートに『他者との関係優先の思想』は自己の中心思想となり得る可能性があるようにも思いますが、この考察はまた別の記事として書きかけていますのでそちらに譲ります。
posted by わめ at 02:58| Comment(8) | TrackBack(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わめさん
 とりあえず今日は明朝早いのでひとことだけ。

>>この理想は人間にとって不可能とおっしゃられておられるようです。
不可能なんて言っていませんよ。それを可能にするために自己反省するんです。

>>『他者との関係優先の思想』は間違ってなかったんだ
 間違っていようはずがないじゃないですか。『他者への絶対歓待』を心がける思想が間違っているんじゃないんです。僕が申し上げているのはそれを常に実践するためにこそ常に自己反省が必要だと言うことのなのです。それを実現し続けるためにも常に自己反省が必要なんです。そうしなければ直ぐに自我が擡げてくる。

>>一層このことを自分の中心思想として意識し、直接の言動はそれこそ『他者との関係優先の思想』に反するように思い回りくどい形で言動してきたつもりです。
 わめさんのこの努力こそ『自分を戒め自己反省の時間の先頭に立って未来を選択し峻別する』ことそのものズバリの行為じゃないでしょうか。それこそが僕が申し上げた縁起の真理、つまりそれは十二支縁起の各支ですね、そのうちの アヴィディヤー(avidyaa) とそれを因とするサンスカーラ (sa#msaakra)のニローダ=制御・滅(nirodha)をわめさんが自ら選択して実践されているということに他なりません。それを更に細かく記号化して認識しやすくしたのがアビダルマなんです。ニローダとは自我のもぐらたたき。アビダルマで記号化された自我はもぐらたたきのもぐらです。


********
- お幸せでありますように -
Posted by くまりん at 2005年12月09日 03:41
 くまりんさん、おはようございます。そしてコメントアリガト!(´▽`)

 なんとっ、わめの読解力不足が原因だったのですね。(´‐` ○)\(○`ε´○) コラ!コラ!
 うれしいやら恥ずかしいやら勝手に誤解しちゃって申し訳ないやら・・・w汗

 くまりんさんのテキストをどこで読み違えてしまったのかもしっかり確認し、それも含め記事に追加訂正致しますのでご容赦ください。m(_ _"m)ペコリ
Posted by わめ at 2005年12月09日 09:34
こんにちは。

>『自分を戒め自己反省の時間の先頭に立って未来を選択し峻別する』

ですが、わめさんの仰る「常に過去と過去から予測される未来を選択し峻別」と同様に思えています。

それでは。
Posted by 孫悟海 at 2005年12月09日 13:30
孫さん、こっちでもこんにちは〜^^

> わめさんの仰る「常に過去と過去から予測される未来を選択し峻別」と同様に思えています。

孫さん違うのよw
この言葉はくまりんさんからパクってわめが使ってるのですw(/-\*) ハジュカチ…

いいとこ取りのわめでした。(● ̄▽ ̄●;)ゞぽりぽり
Posted by わめ at 2005年12月09日 13:39
あはは、そうでしたか。
勘違いしていました。笑

それでは。
Posted by 孫悟海 at 2005年12月09日 13:46
孫さんは『05年版犯罪白書』の更新記事まで読んでくださってたのですね。(⌒〜⌒)

(..)(^^)(^。^)(*^o^)(^O^)ウレシーーー!!
Posted by わめ at 2005年12月09日 13:49
わめさん、Leoさんお早うございます。
今回の続きは長くなったので自分トコに書きました。
では、また。宜しくお願いします。

********
お幸せでありますように
Posted by くまりん at 2005年12月10日 06:50
くまりんさん、わめさん おはようございます。

くまりんさんのコメント拝見させていただきます。
Posted by Leo at 2005年12月10日 10:28
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