2005年12月04日

今、創価学会に思うこと 01

 ネットで発言しててずっと気にしていたことがありましたが、それは自分なりに公正に思う発言ができていなかったと思うことです。
 それはわめは学会員であり活動もそれなりにしてきたわけで、学会擁護的発言は身内を庇うようでしずらかったと言うことです。
 今も相変わらず正役職はあるわけですが、上層幹部との円満な話し合いで実質役職を降りたと同じ状態が望ましいとの意見の一致で組織からは離脱状態となり、晴れてシンパ・アンチ両翼から一線を画す立場になり、今は学会批判・肯定共のわめの思う正直な意見が言いやすくなったと感じています。
 ってことで言いやすくなったことを受けてのこの記事です。(^-^)
 お題に01が付くように、相当自身の心には「創価学会に思うこと」が溜まっているようなので、2桁台の記事になっていくだろうとの推測で01が付きました。^^

 
 
 まず創価学会及び組織の教義や指導・活動を、受け手である学会員が自主的に自分なりに判断してどう活動していくかを決めていくことは当然必要なこととしても、地域組織の中にあって冷静に理性的な判断を誰もができるとは限らないと思います。現実的に学会と関わることで心的疲労の限界を感じている方や心の病になる方は見過ごせるレベルの極少数とは言えなくなってきているのが、長年地域組織に身を置いてきたわめとして思う現状のように感じます。
 それを個人の資質の問題として、創価学会及び組織の教義や指導・活動には何ら問題がないと言い切ることは欺瞞であり看過できないように思います。

 見過ごせないとして、では何ができるのだろうか。
 納得のいかない活動には参加しないなども効果があるかもしれません。
 あるいは学会員一人ひとりがたとえ小さな声であったとしても組織に対して声を上げていくことが大切じゃないかと思うのです。
 でもその声を上げるにしても、創価学会及び組織の一体どこに問題があるのか分からぬままであっては、的を射たことも同志の賛同も得られないのではないかと思うのです。

 そこでわめの思う創価学会及び組織の問題点をいくつ(今回は一点)か指摘していきたいと思います。

 収支を公表していないのでわめの憶測にはなりますが、創価学会として圧倒的に支出が多いのが職員への賃金だと思うのです。聖教新聞の販売店なども準職員みたいなものかもしれませんが、これら職員・準職員へ支払われる賃金は相当な額になると思います。
 これら職員・準職員は学会が勤め先でありそれで生計立てているわけで、これらの学会員が本部幹部や地方幹部を兼ねているケースが多く、学会にとってはまず裏切ることはない信頼できる学会幹部(社員)なわけです。
 職員・準職員幹部にとっては、学会の財源が困窮することは自らの首を絞めることになり、また財源が潤うことは自らの金銭的生活レベルの向上になるわけです。
 当然財務(広布基金・寄付金)をより多く集めることや、聖教新聞等の学会出版物の売り上げを伸ばす(購読部数アップ)ことが死活問題でもあり重要であることは火を見るより明らかでしょう。
 一般の学会員に対して財務(広布基金・寄付金)はやった分だけ大きな福運となって返ってくるとか、広宣流布の名を借りて聖教啓蒙を過剰に推し進めようとする背景にはこのような現実が隠されているのだと思います。

 職員カットなどで支出を抑えスリムな財政で、広布基金の金額は会員一人ひとりのまごころで、聖教新聞などの財源確保のための購読啓蒙活動は避け、会員自らの意思で是非読んで頂きたいと思う人に自発的に啓蒙するといった、本来のあるべき姿に戻していくべきだと声を上げていくことが大切だと思います。

 今回は創価学会に纏わるお金の問題を取り上げてみました。
posted by わめ at 14:57| Comment(48) | TrackBack(0) | 今、創価学会に思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
創価学会に限らず、宗教団体に限らず、どんな組織であっても、一定の活動をするのに金が必要なのは当然である。
宗教団体の場合、一般的にお布施・寄付(呼び方は様々だろう)が財源として大きな割合を占め、それらは信者の気持ちから出た「浄財」ということになっている。

浄財であるという一般的了解を反映して課税しないという措置があり、宗教団体は営利団体ではないということで浄財関係の収支報告書の提出は義務づけられていない。
また、創価学会などの施設は「非常時に提供する」ということで減免措置が取られている。

さて、国家財政が巨額の赤字を抱え込み、少子高齢社会が急速に進み、多様な価値観を認めていく今日の日本で、多少ではあっても官僚・財団法人・族議員などの見えなかった部分が明らかになり、改革のための情報開示と説明責任が進んでいる。

翻って宗教団体の浄財の使い道はどうなのであろうか?
民間企業でも「企業は社会の公器」であるから財務諸表の開示・報告と納税の義務があり、株式会社なら株主への財務内容の説明責任がある。
もうそろそろ宗教団体だけ「浄財」ということで詳細を伏せておくことを善しとすることにメスを入れていいんではないか。

宗教団体も「社会の公器」であるはずであり、それを否定するのなら世界平和だの正しい教えだのを言わないでほしいと思う。
「みなさんの浄財がこのように使われたのです」と開示することは、本来なら宗教団体のアピールとして非常に有効なのである。
ところが現在は浄財関係の財務諸表の開示がなく「みなさんのお金が世界平和や貧困救済に使われています」と言っても「その根拠は?内訳は?」と問われて「信じなさい!」としか言えない。

「こんなすごいことをやりました」と言っても、そのためにお金がどう集められてどう使われたかがわからなきゃ、信者以外の人は「ふーん」としか言わない・・・そういう時代になってきたのだ。
更には信者の中からも「我々の気持ちで出した金の使い道を知りたい」というきわめて正当な要求が増えてくるだろう。
「浄財=組織幹部の自由裁量」ではなくなってくるという、時代状況への認識のある宗教団体がどれだけあるのだろうか?

良くも悪くも個人主義が進み、これからの信者は「気楽に信者になって、面白くなかったらさっさとやめちゃうよ!」という、信仰に命をかけた人が聞いたら烈火の如く怒り狂いそうな感覚の人が増えていくだろう。(脱会をムリヤリ阻止すれば「じゃあいいや、脱会手続きはしないけど活動もしないよ。手続きなんてどうでもいい。私が脱会したと自分で決めたからそれでいいよ!」という態度の人が増えるのだ)
こういった気楽に考える人はある意味では客観的視点を持てるので、情報開示を求めたり意見を言う人が増えてくるはずだ。

頑なにこれまでと同じ「信じろ」「必要ない」という態度を取り続ける宗教団体に、これからの拡大と繁栄はないであろう。
こと創価学会に限って言えば、それに名誉会長のX-day(成仏?それとも地獄行き?)という予め必ずやってくることがわかっている震度5以上の地震が加わり、偽装されたものが暴き出されるのではないかと思っている・・・願望を含む^^;
Posted by 創価瓦解 at 2005年12月04日 16:16
わめさん、こんばんは。

そういえば去年の8月『週刊ダイヤモンド』で「創価学会の経済力」という記事が出ましたね。
今でも「週刊ダイヤモンド 創価学会の経済力」でGoogleすると沢山リンクが出てきます。
総資産が10兆円で、4大銀行もひれ伏すとか。

一方以下のような反論があるのですね。具体的にどこがどうウソだったのでしょう。
(こういうことはデマで終わらせて具体的に説明しないようです。
具体的に説明すれば誰もが納得なハズなんですが...)

開眼堂
http://myshop.7andy.jp/myshop/hopeful?shelf_id=10
「彼の生き方の根っこの部分、つまり価値体系が宇宙の根本法則(原則)に反していたのだ。」
「この人間(注 高塚猛氏)はダイヤモンド社のトップをやっていたときに週刊ダイヤモンドを「売らん」がために
 「創価学会の経済力」なる記事を書いたのだ。これが全くのデマだらけで数十箇所ものウソを
 創価学会に指摘されて、謝罪までしている。」

高塚猛氏は第三文明にも出ていたんだけどなあ。

『第三文明』2003年4月号 ビッグてい談 壁を破るためのヒント
http://www.daisanbunmei.co.jp/3rdc/books/3rdc0304c.htm

価値体系が宇宙の根本法則(原則)に反している人をビッグてい談に招いてよいのだろうか。
Posted by Leo at 2005年12月04日 20:02
(話は脱線しますが)しかし「宇宙の根本法則」って何だろうか。

このようなことを考えてみました。
たとえば熱力学第二法則は「孤立したシステムにおけるエントロピーは減少しない」は「宇宙の根本法則」のひとつであろう。
ところが「生命」はこの「宇宙の根本法則」に反する行動をしている。

「エントロピーの法則によれば、ビッグバン以降宇宙は秩序から無秩序へと向かい、最後は熱的死を遂げるはずである。
 しかし地球上では、こうした宇宙全体の流れに逆行して生命が進化し、そして人類の文明は時間とともに進歩を
 遂げているように見える。これは生物が開放系で、太陽や地球といった低エントロピー資源の散逸(エントロピーの増大)を
 通して自らのエントロピーを減少させているからである。」
(エントロピーの法則、http://www.nagaitosiya.com/a/entropy_law.html )

Libraさんが他の掲示板で語っていたことを思い出すと、創価学会の教義は無内容だということである。
ということは情報エントロピーとしては高エントロピーである。
また「宇宙の根本法則」に従うということはエントロピーの増大にまかせるということである。
これは下に示すようないわば「人間の法則」に反している。

「我々が創り出す意味の世界も、無意味という無秩序を否定しているという点で、低エントロピーなのである。」
(同上)

「我々は本能によってのみ支配されていないという意味で自由な存在であり、自由であるということは、
不確定な環境に晒されつつ、さまざまな選択肢の中から自己の行為を選択する、
 つまり情報のエントロピーを減少させる能力があるということである。」
(同上)
Posted by Leo at 2005年12月05日 00:34
前のレスの補足

>一方以下のような反論があるのですね。具体的にどこがどうウソだったのでしょう。
>(こういうことはデマで終わらせて具体的に説明しないようです。
>具体的に説明すれば誰もが納得なハズなんですが...)

デマをいわれないように収支を公表すればよいわけですができない事情があると思われても
仕方がないですね。ここでちょっと簡単な算数を。

a) 聖教新聞の1年間の売り上げ

1,880円 × 550万部 × 12 = 1240億円

b) 推定活動家数(大白蓮華の発行部数)あたり平均6万円財務するとする

200万人 × 6万円 = 1200億円
(この数字は正確ではありませんが100億円〜1兆円の範囲からははずれないのではないでしょうか)

これ以外にも関連企業、雑誌・書籍ありますから、ちょっとした大企業を超える売り上げです。
こういう推測はデマでしょうか。収支を公表しないでデマデマいうのがデマと思ってしまうのですが。
Posted by Leo at 2005年12月05日 01:11
Leoさん

ご紹介の永井俊哉氏のURLですが、進化や進歩や文明をエントロピーの減少と言っているようですが、わめにはどうも理解しがたいw
それと「エントロピー資源までも燃焼によって消費している。」と言っておられますが、消費ではないと思います。
わめが勘違いしているのかエントロピーの増大は拡散をも指しているように思います。ですから進化や進歩や文明も、エネルギーも燃焼による”消費”ではなく”拡散”ではないかと思うのですが・・・
論理的概念と言うか人間の思考イメージ的には、進化や進歩や文明をエントロピーの減少と解釈するのも無理からぬこととは思うのですが、人間の論理的概念と、実存世界のエントロピーの増大とは切り離して考えてみることもいいように思ったりしています。

わめの無知の意見でした。汗
Posted by わめ at 2005年12月05日 01:26
ここは「類は友を呼ブログ」ですね。
ごめんなさい、読んでいて何だか情けない感じがしました(寒)〜以上





Posted by tokuhan at 2005年12月05日 11:46
tokuhanさん、初めまして。^^ コメントアリガト!(´▽`)

> ここは「類は友を呼ブログ」ですね。

人類皆兄弟って言葉のほうがわめは好きだなぁ☆^∇゜) ニパッ!!

> ごめんなさい、読んでいて何だか情けない感じがしました(寒)〜以上

わめもそうですが、tokuhanさんも思い込みが強そうな方ですね。(^^;;

でもわめはすべてがよりよい方向に変わっていければいいなと思っています。
ではでは。^^
Posted by わめ at 2005年12月05日 17:00
いちいち相手をしないほうがよろしいかと・・・
Posted by ナマズ at 2005年12月05日 22:22
ナマズさん、こんばんは。^^

> いちいち相手をしないほうがよろしいかと・・・

はい、以後気を付けますw ご忠告感謝です。m(_ _"m)ペコリ
Posted by わめ at 2005年12月05日 22:35
わめさん、こんばんは。

「類は友を呼ブログ」って最大最高の賛辞じゃないですか。意気軒昂絶対的幸福で頑張りましょう。
「寒〜」て「冬は必ず春になる」ってことでこれはもう基本的な「宇宙の根本法則」なんですね。
書き込むことですでに「類は友」なんです。いらっしゃいませ。熱烈歓迎歓待なのであります。

それはさておいて、
>わめが勘違いしているのかエントロピーの増大は拡散をも指しているように思います。
>ですから進化や進歩や文明も、エネルギーも燃焼による”消費”ではなく”拡散”ではないかと思うのですが・・・

生命や人間はエネルギーを消費して(食い物や資源の燃焼)自分はエントロピーを減少させている存在
ということですね。心情は拡散としても。

>人間の論理的概念と、実存世界のエントロピーの増大とは切り離して考えてみることもいいように思ったりしています。

それはそれでありかもしれないですね。生命や人間がエントロピーを減少させる存在だからといって萎縮する
ことはありません。どう関係してどうバランスをとるかなのだと思います。
Posted by Leo at 2005年12月06日 00:01
私は2年近くブログを開設しておりまして、
それこそ「類は友を呼ブログ」で毎度記事に
コメントを頂いております。(学会系サイト
ではありませんが。)

壮年部は組織の「黄金柱」。わめさんが正の
役職についていらっしゃるということは、
婦人部の方と組んでいらっしゃるわけでしょう?
それから、受け持っている地域のリーダーで
あるわけですから、使命と責任は重大だと思う
のです。

私も正の役職を頂いている身としてブロック員
さんの幸せを祈りながら、皆さんと仲良く広布
拡大のために頑張っています。

学会の役職は責任職です。果たせないのであれば、返上しても宜しいのではありませんか?
誰人もわめさんの人生を代わりに生きることは
できませんが、地域を担当する人の変更は可能
です。無理をして留まらなくても良いではあり
ませんか。

それでは、どうぞお幸せに〜☆

☆腹が立つコメントでしょうからどうぞ2件とも削除して下さいませ。
Posted by tokuhan at 2005年12月06日 09:31
tokuhanさん、おはようございます。^^
また率直なご意見ありがとうございました。

 ただご意見の中でわめのことで勘違いされていることがあるようです。
 この記事にありますように『今も相変わらず正役職はあるわけですが、上層幹部との円満な話し合いで実質役職を降りたと同じ状態が望ましいとの意見の一致で組織からは離脱状態』なのです。
 補足もさせていただくと、組織の形式上はまだわめの処遇は正式には決まっていませんが、いずれはひとつ上の副役職となるか、tokuhanさんの言われるように現在の役職を降りた形になるかだと思いますが、これはあくまで組織の形式上なわけで、わめ個人と組織の意向は一致していて事実上役職は降りております。
 事情を知らない同志の方からは色々心配していただいているのですが、わめの口からホントの事情は説明しないで欲しいとの組織の意向に従って、仕事等が忙しいと返事をはぐらかすしかないことはつらいですが、組織としての形式上の形が決まるまでは約束を守ろうと思っております。
 ですので役職に”無理をして留ま”っているわけではありません。

その上で、

> 私も正の役職を頂いている身としてブロック員
> さんの幸せを祈りながら、皆さんと仲良く広布
> 拡大のために頑張っています。

 「ブロック員さんの幸せを祈りながら、皆さんと仲良く」には感銘します。
 tokuhanさんの祈りが通じているのか、tokuhanさんの視野には「学会と関わることで心的疲労の限界を感じている方や心の病になる方は」いないのでしょう。
 でもわめの周囲の学会員さんやその周辺の方達の中にはこのような方が何人もおります。またネット上でも見渡せば多数そのような方がおられるように思います。組織でも言われますが題目、祈りも大切かもしれませんが、病気はその専門の医師に治療を委ねることが何より大切です。学会員の心の病について専門家は、個人の性格等もありますが、学会組織の人間関係や学会活動がその大きな原因と判断されるケースが多いようです。

この分野の専門家であられる軒ちゃんの記事から「心理学雑論」カテゴリーをリンクさせていただきますね。
http://blog.goo.ne.jp/gehen_584/c/761e82a47b4e6035d895a47e5070c72f

 わめもtokuhanさんと似て、知り得る範囲の方達の幸せを願い、そして仲良くしていきたいと思っております。またそのために少しでもその役に立てるこのブログや掲示板にしていきたいと思っております。

> ☆腹が立つコメントでしょうからどうぞ2件とも削除して下さいませ。

 いえいえとんでもありません。
 tokuhanさんのご意見も多くの方に読んでいただきたいと思っておりますので削除など致しませんし、気分などまったく害しておりませんのでご安心を。^^
 これからもよろしければコメントなどお願いいたします。m(_ _"m)ペコリ
Posted by わめ at 2005年12月06日 10:45
創価瓦解さん、遅ればせながらコメントアリガト!(´▽`)

Leoさん

> 生命や人間はエネルギーを消費して(食い物や資源の燃焼)自分はエントロピーを減少させている存在ということですね。心情は拡散としても。

うーん、エネルギーは消費できないのじゃないかな・・・だから拡散と言う言葉が妥当だと思ったのですがw汗 エネルギーって今のところ人間が何しても消せませんよね?
この意味からも人間が”エントロピーを減少させている存在”と言えるのかが疑問なんです。
Posted by わめ at 2005年12月06日 12:25
ご紹介のサイトにアクセスしました。無理はいけませんね。それでは何のための信心かわからなくなってしまいますものね。

いやー どうでしょう、私の周りでは今のところ思い当たる方はおりません。と、言いますか、ここ数年で、私も随分強くなりました(笑)。勇気を出して、強権発動の幹部とも戦いました。(内容は控えさせていただきます。)辛い時期を乗り越えた後に思いがけず活路を見出しました。

私の地区には知的障害があるお子さんを持つ人や登校拒否の子供に悩む人・・いろいろな方がいらっしゃいますが、皆さん元気ですよ。

先日の日曜日、高校生の時に鬱病が発病した青年(今も病気と闘っています。)が、彼の母親とともに、若い青年を折伏して、入会にいたりました。この年末、地区皆で喜び合いました!

そうそう、今回、総県で聖教新聞の実配、啓蒙の目標の見直しがなされました。それは皆で声を上げたからなんです。(*^^)v

押しも押されもしない婦人部のおばちゃんたちの風(体)格は鍛えに鍛えあげられた姿なのでしょうか。(^◇^)

☆役職の件は了解しました。

またお邪魔します☆
Posted by tokuhan at 2005年12月06日 14:16
tokuhanさん、うれしいコメントアリガト!(´▽`)

> 勇気を出して、強権発動の幹部とも戦いました。(内容は控えさせていただきます。)辛い時期を乗り越えた後に思いがけず活路を見出しました。

も、

> 私の地区には知的障害があるお子さんを持つ人や登校拒否の子供に悩む人・・いろいろな方がいらっしゃいますが、皆さん元気ですよ。

も、長の一念岩をも通すといった感がありますね!(^-^) 素晴らしいです。

> 先日の日曜日、高校生の時に鬱病が発病した青年(今も病気と闘っています。)が、彼の母親とともに、若い青年を折伏して、入会にいたりました。この年末、地区皆で喜び合いました!

荒れないように先に前提を付けて・・・w汗
成果主義じゃなく”慈悲”の折伏・摂受で一人の人を救おうとの思いが通じてよかったですね。^^
アンチの方には申し訳ないが、このような”心”も多くの学会員にはあると思います。

> そうそう、今回、総県で聖教新聞の実配、啓蒙の目標の見直しがなされました。それは皆で声を上げたからなんです。(*^^)v

”声を上げる”ことで改善されたのですね。
声を聞き、それに応じた幹部の方たちも立派です。
このような組織に全体がなっていけば外部の方に迷惑をかけることも少なくできるし、学会への批判も少なくなっていくように思います。

これからもその意気で頑張っていってくださいね。

tokuhanさんのコメントで、わめも何だか元気を頂けました。ヽ(^0^)ノ
Posted by わめ at 2005年12月06日 14:33
わめさん、こんにちは。

>成果主義じゃなく”慈悲”の折伏・摂受で一人の人を救おうとの思いが通じてよかったですね。^^
アンチの方には申し訳ないが、このような”心”も多くの学会員にはあると思います。


いえいえ、そうですね。
現在私は「バリ(四乗)アンチ化」しておりますが、この様な心や想いで活動されるのであれば、争いも低減し悩まれる現活動員の方々も共に低減するのでしょうね。
上層部からの「成果主義に基づく打ち出し」がねえ・・・

それでは。


Posted by 孫悟海 at 2005年12月06日 14:55
孫さんこんにちは〜^^ ってもう夕方だわw

考えたらコメントをして頂ける方は、孫さんはじめ良識のある方ばかりですね。(*´∇`*)

初めて書き込んで下さる方も世の中良くなればそれでいいと言うか、基本的にそんな気持ちを持って書いて下さったらうれしいななんてね。^^

> この様な心や想いで活動されるのであれば、争いも低減し悩まれる現活動員の方々も共に低減するのでしょうね。

(*゜ー゜)(*。_。)(*゜ー゜)(*。_。)ウンウン

> 上層部からの「成果主義に基づく打ち出し」がねえ・・・

いい幹部も結構おられますけど職業幹部が多いですからなかなか難しいとは思います。
でも長い目で見れば孫さんの言われる『争いも低減し悩まれる現活動員の方々も共に低減』になって、職業幹部にとっても望ましいことだと思うのですが。
Posted by わめ at 2005年12月06日 17:51
わめさん、こんばんは。

学会現役活動屋の方ってサムライか兵士のようにかっこいいですねマジで(遠い目

サムライや兵士は民衆をまもってナンボということだけ念頭に置いていただければなんもいうことありません。
Posted by Leo at 2005年12月06日 23:16
わめさん、「障害があるお子さん」という言葉を見て次のリンクを思い出しました。(また拘っちゃってますが>Leo)

「ブッダの智慧で答えます」 仏教Q&Aコーナー(日本テーラワーダ仏教協会)
【48】 慈悲の冥想(続き)/業と障害者
http://www.j-theravada.net/qa/gimon48.html

「★なぜ、人の頭に「障害者」という言葉が浮ぶのでしょう。
 人間の身体はそれぞれ違うというだけでしょう。さらに能力の差もあります。人それぞれに出来ることも、
 出来ないこともあるのです。ですから、障害者、健常者という二つに分けて考える思考自体が、
 傲慢で差別的ではないでしょうか。智慧の人は、『区別』を理解して『差別』を非難するのです。
 区別の立場から見れば同一のものは一つもないのです。『同じ』人間でも日々変わるでしょうに。
 日々違うでしょうに。」

「★健常者とは誰ですか。真理に目覚めず、欲に溺れて智慧の目が開かない人々は皆、
 知識の、智慧の障害者です。俗世間の基準で、貪瞋痴の基準で、「私は健常者、あの人は障害者」
 と決めてよいのでしょうか。完全な悟りを開いた人のみを『健常者』と認定することが出来るのです。
 障害者の仲間なのに「君、障害者でしょう」と仲間を指すこと自体が、たちの悪い冗談でしょう。」

わめさんの納得できなかった「「私の嫌いな人」に対して慈悲の冥想」についても書いてありましたよ。
(もしかすると余計納得できなくなったりして...!?)

【53】 慈悲の冥想について
http://www.j-theravada.net/qa/gimon53.html

「Q:「私の嫌いな人」に対して慈悲の冥想をすると、かえって腹が立ってくるのですが。
 A:主観的に物事を見て、考えても解決はしません。主観は自分の好みですからね。」

「そして「向こうが何を言おうが、何をしようが、あっけらかんとして、きれいな心でニコニコしていれば、
 あなたの勝ちですよ。ですから怒りを捨てなさい」と言うのです。それが仏教的な言い方なんですね。」

「Q:でもやはり、私を苦しめた人のために慈悲の冥想をすることは難しいです。
 A:それに気づいていることはいいことなんですね。」

「人を嫌いになるのはとても簡単なのです。何の努力も要りません。
 ですから我々は、いとも簡単に自分の不幸を作ってしまうのですね。心の安らぎをなくしてしまうのです。」
Posted by Leo at 2005年12月06日 23:57
訂正 (Posted by Leo at 2005年12月06日 23:16)

学会現役活動屋 → 学会現役活動家 <(_ _)>
Posted by Leo at 2005年12月07日 00:02
Leoさんの言うように余計納得できなくなりました。笑

「障害者」を論じている時点でわめからすれば( ̄Σ ̄;)ブーですね。
「障害者」という言葉が浮かんでいる(テーラワーダ)からそうなるのだと思うのですが、関わりのある方なら分かると思いますが、肢体不自由児とかその身体的障害の指す言葉があり、それは差別用語でも何でもありません。障害者と一括りにして論ずることが差別的に思います。
肢体不自由児とか呼ぶ場合も誰か他者にどのような介添えが必要かと言うことを表す言葉で、差別する言葉などではありません。その意味ではそう言ったことを知らない方が障害者という場合も、必ずしも差別的な言葉として使っているわけではないと思います。
それに完全な悟りを開いた人と、障害者と言う言葉を使ってそれ以外の人をおもっきり差別しているようだしw

これも、

> 障害者の仲間なのに「君、障害者でしょう」と仲間を指すこと自体が、たちの悪い冗談でしょう。」

こんなこと言う奴日本のどこを探せばいるんだよってな(稀にはいるかもしれませんが)、日本人をまるでバカにしているような例を引いてますね。

わめなど素人も同然ですが、それでもボランティアサークルを民間で2つ、当時の学生と連携して大学内で一つを結成、短大では外部顧問的な立場でそれなりにはボランティア活動をやってきました。

このことはまた詳しくレスするか、記事にしてみたいと思います。


慈悲の冥想のQ&Aの答えも、何だか上から物申すみたいでキモイ感じですw
そんなことより慈悲の冥想の言葉を改めるようとは考えないのかなと絶対主義的な印象を感じてしまいました。
Posted by わめ at 2005年12月07日 00:36
テーラワーダ仏教を正当化するためのような「障害者」の話が出てきて柄にもなくちょっと頭に血が上ってしまいました。汗

ちょっと頭を冷やしてきます・・・
Posted by わめ at 2005年12月07日 00:47
私は障害のある方を差別したりなどしておりません。何だかコメントをするのが怖くなりました。
コメントしなければよかった。それから、私は「学会現役活動家(屋)」などと呼ばれるのは迷惑です。
Posted by tokuhan at 2005年12月07日 08:04
創価学会に纏わるお金の問題はどうなったんだろうか。
Posted by 創価瓦解 at 2005年12月07日 09:29
 tokuhanさん、おはようございます。

 Leoさんや私のコメントで誤解を与えてしまったかもしれません。(^^;;

 障害者云々のお話ですが、よく読んでいただければ分かると思うのですが、Leoさんはtokuhanさんの地区の知的障害があるお子さんの話をされたのでなくて、そのことから以前から関心のあった「テーラワーダ仏教の障害者についてのコメント」を思い出されてそのリンクと引用をされただけなのです。ですのでtokuhanさんやtokuhanさん地区の知的障害があるお子さんの話をしているのではありません。

 私もLeoさんが提示された「テーラワーダ仏教の障害者についてのコメント」についてお返事させてもらっただけで、tokuhanさんに関わる話をしたわけではありませんし、tokuhanさんがある方を差別したなどとはLeoさんも私もまったく思っておりません。Leoさんが「テーラワーダ仏教の障害者についてのコメント」を思い出すキッカケとなった、言わばそれだけなのです。

 今後も「テーラワーダ仏教の障害者についてのコメント」に対しての意見は出てくるかもしれませんが、tokuhanさんに関わる話としてではありませんのでこの点もご理解いただければと思います。
 私も身体に障害をもった方達やその親御さんたちと関わりが深かったものですから、この「テーラワーダ仏教の障害者についてのコメント」には納得がいかないのです。


 それとLeoさんの「学会現役活動家(屋)」との発言は私も不適切だったと思いましたので、別記事『ネットは良き時代の人情復古』のコメント欄になってしまいましたが、

「隣の記事のコメントの、学会現役活動屋の方=サムライや兵士ってのも気になったぞw(^^;;」と指摘しましたし、それに対してLeoさんも、

「あ゛、あれもイエローカードですか(汗 誤字もあったし。」
「SeeSaaBLOGかあ。空気(雰囲気)読めてなかった。」
「心をいれかえてみまーす。」

と、反省コメントをされております。

ご気分を害されたこととは思いますが、以上の説明で多少でもご理解いただければありがたいです。
Posted by わめ at 2005年12月07日 09:35
わめさん、はじまして、こんにちは。
オパールリングさんからこちらに来させていただいてました。
tokuhanさんの
「そうそう、今回、総県で聖教新聞の実配、啓蒙の目標の見直しがなされました。それは皆で声を上げたからなんです。(*^^)v」
のこの記述が引っかかってまして・・・
このビクトリー見直しは全国的(そうでないところもあるようですが)な事のようです。
こちら、関東某所でもそうです。
ビクトリーで多部数誰かが抱えると言う現状。
これは心的ストレスにあたると思うのです。
役職につくと、常に数字はついて回るわけでして、成果も求められる。
部員さんは皆、本当に本当の気持ちとして目標を喜びを持って活動しているのか最近疑問に思えてきました。
選挙戦になれば婦人部は毎日拠点闘争と称して毎日唱題会です。
唱題会の後、どう一日動くのか突付かれる。
心的ストレスは感じていても、広宣流布の為、自分と皆の幸せのためだから喜びなんだと自分自身言い聞かせる。
これは幸せな事なんだって・・・
正直に言って今まで、自分の気持ちを教義で押し込めていた部分ありました。
だから、ここへ来て、矛盾が苦しくなり、ブログで救われた部分が私にはあります。
信心してはいても妄信になってはいけないと思うのです。
信心しているのだから皆が皆、喜びにあふれて活動しているかと言われるとそうでもないような気がしてます。
Posted by のんのん@2世 at 2005年12月07日 11:16
おっ、のんのん@2世さんだ。

こんにちは〜。
Posted by 孫悟海 at 2005年12月07日 12:48
お忙しい時間にコメントのお返事を頂き有難うございました。気を遣って頂きすみませんでした。よくわかりました。(^^)

私が管理人をしているブログはペット系なんです。ウチには猫がいまして、ほとんどの話題が猫関係で、巡回して下さったりコメントを頂く方も同じような環境の人なんですね。だからとてもノンビリしちゃって。どうも、私にはそういう環境が合っているみたいです。(^^ゞ

大切なブログを混乱させてすみませんでした。
Posted by tokuhan at 2005年12月07日 13:53
わめさん、初期仏教は無視とけばよいのではないでしょうか?

わめさんには百害しかないですもん。
Posted by ナマズ at 2005年12月07日 15:52
のんのんさん、こちらでは初めまして^^ コメントアリガト!(´▽`)

> tokuhanさんの
> 「そうそう、今回、総県で聖教新聞の実配、啓蒙の目標の見直しがなされました。それは皆で声を上げたからなんです。(*^^)v」
> のこの記述が引っかかってまして・・・
> このビクトリー見直しは全国的(そうでないところもあるようですが)な事のようです。
> こちら、関東某所でもそうです。

 tokuhanさんのおっしゃられたこのことと、ビクトリーライン?の廃止(見直し?)が、同一のものか違うことかわめにも分かりません。汗
 このことはいずれにしても多少なりとも組織がよい方向には向かっているとは思いますし、学会員の多くの声が反映されたことと言えるようにも思います。

 学会員さんによっても新聞啓蒙やF取りなど、数字・ノルマ・成果などを意識せず「広宣流布の為、自分と皆の幸せのためだから喜びなんだと」心底思われてやられている方もそうですね・・・地区に一人や二人はおられるのではないでしょうか。

 そのような方は現状の学会活動に疑問など持っていないのかもしれません。

 でものんのんさんや多くの学会員はそうではないと言うことですね。

 人と人との意思疎通手段は発信側と受信側が最低限必要です。そしてより意思の疎通を深めるためには両者が発信と受信を何度も何度も繰り返すといったことがなければ難しいことと思います。
 それが学会組織においてはトップダウン方式に近い現状があり、意思の疎通は難しいように思います。
 そこで疑問に思うことを今度は返していけるかどうかが大きなポイントとなるとは思うのですが、如何せん現在の学会の組織体制においてはこの逆方向の流れが非常に悪いと思われます。
 流れが悪いだけならまだましなのですが、信心が足りない、我見になってるなどと、その中継点で逆襲にあったりもします。(冷汗)

 このような状況の中、のんのんさんや多くの学会員にストレスが溜まらないはずはないと思います。

 ここでわめが言いたいのは、仏も人間、教義も人間が作ったもの、組織も人間がやっている、そして学会員一人ひとりも人間であって、そこに完全なものを求めるのは不可能なように思うのです。

 学会員一人ひとりが学会組織に依存しない自立した自分なりの考えを持ち、学会活動や自身が信じる信仰と融和できる部分では融和し、できないことはできないと判断し、自分に責任を持った言動をされるのがよいことのように思います。それを教義や学会に依存状態の方は我見と言うかもしれませんが、それが我見と言うのなら日蓮(大聖人)も我見なのかもしれません。

 のんのんさんには、ご自身の思考・判断に自信を持って、でも他者にはそれを正当化して押し付けることなく、ストレスの少ない楽しい人生を歩まれることをオススメします。
Posted by わめ at 2005年12月07日 16:53
tokuhanさん、ご理解くださり感謝です。m(_ _"m)ペコリp

わめも犬猫(今はネコ一匹だけ飼ってます)大好きで、写真などをHPに載せたりしています。^^

もしもtokuhanさんのブログにお伺いするときはソッチ系でと思っておりますので、HNも違いますので多分tokuhanさんからは分からないかもしれませんが、その時は分からないだろうけどよろしくです。爆

> 大切なブログを混乱させてすみませんでした。

いえいえ、こちらこそ申し訳なかったです。
Posted by わめ at 2005年12月07日 16:59
孫さん、わめには挨拶なしかよw(●`ε´●)ぷっぷくぷ〜(笑)


ナマズさん、こんにちは。^^

折角のナマズさんのアドバイスに逆らうようで心苦しいのですが・・・

> わめさん、初期仏教は無視とけばよいのではないでしょうか?

わめの中心思想は関係性ですので、縁起を説く初期(原始)仏教を無視は難しいです。涙

> わめさんには百害しかないですもん。

わめの解釈が間違っている場合もあるかと思いますし(可能性は高いw汗)、自分を訂正していくためにもこれからも関わってみたいと思います。

ナマズさんのアドバイスには感謝しております。ぺこ <(_ _)>
Posted by わめ at 2005年12月07日 17:11
>ナマズさんのアドバイスには感謝しております。ぺこ <(_ _)>

毎回、毎回えらそうな事を言って申し訳ないです。

毎回色んな人にレスしているのを見るにつけ、ストレスたまんないのかなーて思ったしだいです。

パソコンのやりすぎは目と肝臓をやられるみたいですので、たまには目の休養もとってくださいね。
Posted by ナマズ at 2005年12月07日 21:19
わめさん、みなさん、こんばんは。

tokuhanさん、はじめまして。
今度ぶろぐ教えてくださーい。^^

のんのんさん、こんばんは。
こっちでもよろしくね。^^
Posted by ほしのしずく☆ at 2005年12月07日 21:51
わめさん、tokuhanさん こんばんは。

>私もLeoさんが提示された「テーラワーダ仏教の障害者についてのコメント」についてお返事させてもらっただけで、
>tokuhanさんに関わる話をしたわけではありませんし、tokuhanさんがある方を差別したなどとはLeoさんも
>私もまったく思っておりません。Leoさんが「テーラワーダ仏教の障害者についてのコメント」を思い出すキッカケとなった、
>言わばそれだけなのです。

まず、その通りです。それに個人攻撃などする気は毛頭ありません。

「テーラワーダ仏教の障害者についてのコメント」の後に「宿業論」についても話そうと
思っていたのですが控えます。

>それとLeoさんの「学会現役活動家(屋)」との発言は私も不適切だったと思いましたので、
>別記事『ネットは良き時代の人情復古』のコメント欄になってしまいましたが、

私はかつて一時期活動に参加していたことがあるのですが、活動家はまもるべきものがあり颯爽としていた
面があったと思います。良い思い出もあり懐かしくもあります。であるならばそういう風に書けばよかった。
Posted by Leo at 2005年12月07日 22:26
わめさん、皆様、おはようございます。
お返事ありがとうございました。
わめさんの最後のお言葉に大共感です。
ただ、組織にいて、折伏、新聞啓蒙、F活動を放棄するのはかな〜り居心地は悪いです。
白ゆり長の立場であるなら、なおさらといったところでしょう。
先日、勇気を持って白ゆり長を下りたいと申し出ました。
とりあえず、今は保留になってます。
今の私は、マイペースでわが道行くという心境です。
これからもブログ、楽しみにしてます。
お邪魔しました〜
Posted by のんのん@2世 at 2005年12月08日 09:53
のんのんさん、こんにちは。^^

> ただ、組織にいて、折伏、新聞啓蒙、F活動を放棄するのはかな〜り居心地は悪いです。
> 白ゆり長の立場であるなら、なおさらといったところでしょう。

 それはもうよ〜く想像に難くないです。(^^;
 でもBのメンバーにあなたがそのようなお気持ちでおられるのに、「折伏、新聞啓蒙、F活動」を訴えていくことができますか?
 また訴えていくことがあなたにとっての正しいことですか?
 きっとそうではないはずです。
 居心地は悪いでしょうけど、自分や他者を欺むいていくよりずっと気は楽だと思います。
 そして、

> 先日、勇気を持って白ゆり長を下りたいと申し出ました。

 とうとうここにたどり着けたのは(ホントに勇気がいったと思います)、自分や他者に正直に生きようと決断されたからだと推測します。

 まだ自身の意思を表明された幹部の方以外に”保留”は伝わらず、或いは伝わっていたとしてもそんなことにはお構いなく相変わらずか励ましの対応や悪くすれば攻められ、心と現実のギャップにはまだまだ心苦しい日は続いていくとは思いますので、現実的には『マイペースでわが道行くという』状態にはまだ至らないとは思いますが、そこで思い直すのも貫き通していくのものんのんさん次第です。

 また、慣れない『マイペースでわが道行く』というのも不安が一杯のことと思います。
 でも自身の人生は自分自身で切り開いていくという気概を持って進まれますよう願っております。

 わめものんのんさんの善き友となれるように努力していきますのでこれからもよろしくお願いします。
Posted by わめ at 2005年12月08日 10:33
ここのサイトでは初めまして。

少しだけ気になったのでレスさせてください。学生時代に習ったことを思い出して書いているので、細かい点では間違いあるかもしれません。書いていたらものすごく長くなってしまいました・・・。興味なかったらとばしてください。ほんとすみません。

(1)
> 「エントロピーの法則によれば、ビッグバン以降宇宙は秩序から無秩序へと向かい、最後は熱的死を遂げるはずである。
> しかし地球上では、こうした宇宙全体の流れに逆行して生命が進化し、そして人類の文明は時間とともに進歩を
> 遂げているように見える。これは生物が開放系で、太陽や地球といった低エントロピー資源の散逸(エントロピーの増大)を
> 通して自らのエントロピーを減少させているからである。」

Leoさんが引用していた上記の文章ですが、基本的に誤りはありません。しかし、

(2)
> たとえば熱力学第二法則は「孤立したシステムにおけるエントロピーは減少しない」は「宇宙の根本法則」のひとつであろう。
> ところが「生命」はこの「宇宙の根本法則」に反する行動をしている。

これは誤りです。(1)の文面は、一見生物が地球上で発展しているのはエントロピー増大の法則に反しているようだが、それはこれこれこういうわけで、反しているわけではないんだよ、という説明なんです。具体的にいうと、生物は太陽エネルギーを利用し、エントロピーが常に低い状態になるような仕組みになっている、ということです。もし生物が「閉鎖系」(外とエネルギーや物質の出入りがない状態)だったら、これはありえないことですが、「開放系」(」(外とエネルギーや物質の出入りがある状態)だから、ありうるというわけです。

(3)
> うーん、エネルギーは消費できないのじゃないかな・・・だから拡散と言う言葉が妥当だと思ったのですがw汗
> エネルギーって今のところ人間が何しても消せませんよね?
> この意味からも人間が”エントロピーを減少させている存在”と言えるのかが疑問なんです。

わめさんは、「エネルギー保存の法則」のことをおっしゃっているのだと思います。これを熱力学第一法則と言いますが、「エントロピー増大の法則」は、熱力学第二法則といい、第一と第二で宇宙のことは言い尽くせてしまうらしいですよ。第ゼロ法則を加える人もいるようですが。

とても大雑把な説明をします。宇宙自体は、「閉鎖系」です。つまり、外からエネルギーが入ったり出たりしないことになっています。そして、この中のエネルギーの量は不変です(熱力学第一法則)。しかし実はエネルギーには2種類あり、それぞれ「自由エネルギー」と「束縛エネルギー」といいます。束縛エネルギーはエントロピーに温度をかけたもので、エントロピーが増えれば束縛エネルギーも増えると考えてください。

自由エネルギーは、わかりやすくいえば「利用できるエネルギー」、束縛エネルギーは、「利用できないエネルギー」のことです。自由エネルギーは、時間の経過と共に束縛エネルギーに変わっていきます。例えば、二つの部屋があって、一方には空気が入れてあって、もう一方は真空にしておくとします。二つの部屋をつなぐと、空気のある部屋から真空の部屋に空気が流れ込み、やがて二つの部屋は同じ気圧になって、変化がとまります。これがエントロピーが増大した状態です。二つの部屋の間に風車を置けば、くるくる回るでしょう。これが、自由エネルギーを利用するということです。でも、風車がくるくる回ってもエネルギーが消費されて減ったわけではなく、部屋の中のエネルギーの量は変化する前もした後も一緒です。

宇宙自体も同じです。はじめたくさんあった自由エネルギーが時間経過と共にだんだん束縛エネルギーに変化していき、全部束縛エネルギーに変化してしまった状態が、「熱的死」と呼ばれる状態です。こうなってしまうと、宇宙も存在しているしエネルギーもあるのだけど、何も変化しない、つまり死んだ宇宙になってしまうというわけです。

ようやく本題ですが、生物はどうでしょう。例えば、さきほどの真空の部屋ですが、真空の部屋を作るためには、えっちらおっちらポンプを動かしてやればよいわけですね。つまり、生物はエントロピーが低い状態を人工的に作ることができるのです。ではエントロピー増大の法則に反しているかというとそうではありません。ポンプを動かすのには、筋肉を動かしています。筋肉は、ご飯という自由エネルギーが高いものを二酸化炭素という自由エネルギーが低いものに変えることで動いています。

真空の部屋を作るためには、それによって低くなるエントロピーを上回るエントロピーの増加が、異なるところであればOKというわけです。ところでご飯は植物が太陽エネルギーから作ったものですが、地球上のほとんどのエネルギーはもともとは太陽エネルギーです。地球上の生物のほとんどは、太陽のエネルギーを拝借してエントロピーの低い状態を保っているわけです。太陽が燃え尽きて、エネルギーを地球に与えなくなると、地球のほとんどの生物は死に絶えます(そのまえに太陽が赤色巨星になって地上を燃やし尽くしてしまうかもしれないが)。これは宇宙のエントロピー増大の変化の1エピソードとなります。

生物の身体の状態を維持させる仕組み(恒常性)や、進化によってより複雑で高等な仕組みになること、文明を発達させることなどは全てエントロピーを維持もしくは減少させるものです。
Posted by ひゃっきまる at 2005年12月26日 23:24
 (ノ´▽`)ノオオオオッ♪ ひゃっきまるさん、いらっしゃ〜い。^^

 ひゃっきまるさんのご説明で「エネルギー保存の法則」、「エントロピーの法則」、「自由エネルギー」と「束縛エネルギー」などなどとてもよく理解できました。
 何だかすっきりさわやかって感じです。ヽ(  ´  ∇  `  )ノ ♪

 わめは大雑把に宇宙と言う閉鎖系だけで考えてしまっていたのですね。(>▽<;; アセアセ

 これからもお気付きの点などありましたら是非是非コメントをお願いしたいです。

 ありがとうございました。ヽ(^o^)丿
Posted by わめ at 2005年12月26日 23:53
>  わめは大雑把に宇宙と言う閉鎖系だけで考えてしまっていたのですね。(>▽<;; アセアセ

 これだけじゃなかったわw汗
 進化や進歩や文明をエントロピーの減少(維持)とは思ってなかったし。(● ̄▽ ̄●;)ゞぽりぽり
Posted by わめ at 2005年12月27日 00:04
科学で語られる宇宙論はほんと魅力的なんですよねえ。

一時期大乗仏教と科学を結びつけて語ることがはやったことがありましたが、気持ちはよく解ります。
個人的にはあまり行き過ぎるとよくないと思ってますが。でも想像を膨らませて楽しむくらいはいいかと。

超ひも理論や膜宇宙論も仏典に負けず劣らず壮大な世界観ですし、最近はホログラフィック宇宙論なんて面白いです。興味があればぐぐってみてください。
Posted by ひゃっきまる at 2005年12月27日 23:59
 ひゃっきまるさん、こんばんは。^^

> 科学で語られる宇宙論はほんと魅力的なんですよねえ。

(*゜ー゜)(*。_。)(*゜ー゜)(*。_。)ウンウン

> 一時期大乗仏教と科学を結びつけて語ることがはやったことがありましたが、気持ちはよく解ります。
> 個人的にはあまり行き過ぎるとよくないと思ってますが。でも想像を膨らませて楽しむくらいはいいかと。

 初期仏教でも最近出た本を見るとその傾向にあるようですが、行き過ぎを超えて新しい科学まで生まれているようです。汗

> 超ひも理論や膜宇宙論も仏典に負けず劣らず壮大な世界観ですし、最近はホログラフィック宇宙論なんて面白いです。興味があればぐぐってみてください。

 今ある理論や実験・推測結果を説明しようとすればこのような仮説が必要になってくるようですね。^^
 超ひも理論、ホログラフィック宇宙論のような説明は、それと初期仏教を結びつけて上記本にもお粗末ではありますが出てきます。(>▽<;; アセアセ 
Posted by わめ at 2005年12月28日 01:40
 あまり書店にいかないのでトンデモ本関係の本には全くあかるくないのですが、いろいろあるのですね・・・。初期仏教より大乗仏教、密教の方が結び付けやすそうに思うのですが、まあそういう本を書くにもいろいろノウハウがあるのかもしれません。

 自然科学に対する関心が低いことが、逆にこのような本が出版されてしまう背景にあるのだと思います。
Posted by ひゃっきまる at 2005年12月29日 05:34
>  自然科学に対する関心が低いことが、逆にこのような本が出版されてしまう背景にあるのだと思います。

 自然科学に限らず煩わしく思うことを避けたとしても、求めればそれなりに満足のいくサービスが提供され、想定外な物事が起こらない限りは悩んだり苦しんだりすることがなくなってきて、人は怠惰的になってきているのかもしれませんね。そんな知識不足や無関心の状態では落とし穴にも気が付かず何かにハマりこんでいくことにも成りかねないのではないでしょうか。
Posted by わめ at 2005年12月29日 15:31
ひゃっきまるさん、(多分?)はじめまして。
わめさん、こんにちは。

>これは誤りです。(1)の文面は、一見生物が地球上で発展しているのはエントロピー増大の法則に反しているようだが、
>それはこれこれこういうわけで、反しているわけではないんだよ、という説明なんです。

ご指摘ありがとうございます(デムパ飛ばしてしまったようで)。

>初期仏教より大乗仏教、密教の方が結び付けやすそうに思うのですが、まあそういう本を書くにもいろいろノウハウがあるのかもしれません。

私は最近テーラワーダ仏教の方が科学や心理学用語を用いて仏教を解説しているのが気になってます。

>そんな知識不足や無関心の状態では落とし穴にも気が付かず何かにハマりこんでいくことにも成りかねないのではないでしょうか。

そういう状態で必要なのがカウンターパンチでして。ここのスレでも頂きました。
Posted by Leo at 2005年12月30日 14:52
 Leoさん、朝が近づいてきましたがこんばんは。(^^;

> 私は最近テーラワーダ仏教の方が科学や心理学用語を用いて仏教を解説しているのが気になってます。

 わめも気になります。
 なんていうのか正当性を主張せんがため書かれているのがアリアリ見えます。
 それはまだいいとして勝義諦と言うのを最上としたい気持ちも分かりますが、世俗諦をあそこまで無理に貶めて説明するのは・・・ でもその努力も認めちゃいますw(何のこっちゃw)
 でもこの世界に変化しないものはないと思いますが。(*´∇`*)

> >そんな知識不足や無関心の状態では落とし穴にも気が付かず何かにハマりこんでいくことにも成りかねないのではないでしょうか。
>
> そういう状態で必要なのがカウンターパンチでして。ここのスレでも頂きました。

 カウンターパンチが発見できず。(´・ω・`)ショボーン
Posted by わめ at 2005年12月31日 04:30
>カウンターパンチが発見できず。(´・ω・`)ショボーン

カウンターパンチは批判(反批判)ですが、ここでは私の熱力学の法則の理解(の一部?)が間違って
いたのが指摘されたってことで。
Posted by Leo at 2005年12月31日 05:49
 Leoさん、こっちでもこんばんは。^^

> カウンターパンチは批判(反批判)ですが、ここでは私の熱力学の法則の理解(の一部?)が間違って
> いたのが指摘されたってことで。

 なるほど! それならわめもひゃっきまるさんからカウンターパンチを食らいました。笑
 こんな気持ちのいいカウンターパンチならいつでも大歓迎ですが。ヽ(  ´  ∇  `  )ノ ♪
Posted by わめ at 2005年12月31日 18:42
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