2007年02月20日

言動の自由と責任

 「南無妙法蓮華経」であろうが「あいうえお」であろうが、唱えて気持ちよいのであれば、あるいはその功徳を感じるのは個人の主観でありそれはそれでいいのではないでしょうか。

 それが仏教の創始者である釈尊が否定した仏舎利信仰や経典信仰(題目を唱えることも広い意味では含まれる)であろうと、釈尊や日蓮と言えど私達と同じ人間であり間違いも犯せば屁もこく。笑
 個人や偶像崇拝など馬鹿げていると思うのも個人の勝手だし、その言明に従うかどうかも個人の自由であり、また「それでは幸せになれない」とか、「地獄に堕ちる」と思うのも、これまた個人の自由であると思う。

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posted by わめ at 03:02| Comment(4) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月16日

学会員も様々

 私が男子部時代、親しくお付き合いをさせてもらっていた某県青年部長や、壮年部になってからも懇意にして頂いた副会長、この副会長ですが眼が合うとニコって笑顔というよりニタ〜って感じ(私的印象では漫画家の赤塚不二夫さんが笑っている時)の眼で見られ、こっちまで我慢できずニヤけてしまうようなそんな親しみを持てるような表情をいつも投げかけてくれる方、青年部長は事業を営んでいて、かなり年下で役職も格下の私にも、信心のことやビジネスのことで悩みを打ち明けてくれて私のアドバイスを真剣に聞き、また実践してくれる方でした。

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posted by わめ at 05:10| Comment(1) | TrackBack(0) | 今、創価学会に思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月04日

共存 2

 今回は創価学会や学会員のことをモデルケースとして採り上げておりますが、これは共存多元論関係性についての記事です。

 創価学会、学会員は幸せを得ることに貪欲です。

 その幸せについても、心の持ち様で幸せと感じられるといった宗教的、個人の内面的な感覚ならいいとは思うのですが、創価学会や学会員の求める幸せの多くは、物心両面で満たされることを指す場合が多く、例えば収入が増えるように、お金持ちになれるように、職場で認められるように、社会的地位の向上、地域で信頼を得るといった個人の内面的とはいえない幸せを求めることが多く、学会員の思考や言動は宗教的と言うよりむしろ成功哲学やマルチ商法の実践者に近いように感じます。

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posted by わめ at 03:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 多元論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月01日

回想

 私は創価学会の両親の下に福子として生まれ、十代後半より日蓮仏法こそ最高の教えと信じ、日蓮の教えのままに生きていくことが最高の生き方と決め、30年近く折伏弘教に励んできました。
 そんなことも創価学会組織から離脱し、日蓮仏法と離別した今となってはもう遠い過去のように感じますが、そんな過去を忘れない内に当時を振り返りながら、また現在の心境・思考とを比較しながら新たに「回想」カテゴリとして書いていこうと思います。

 日蓮仏法と創価学会、それは私にとって物心つく以前から身近にあったもの、家にある書籍は漫画も含め学会関係の出版物で埋め尽くされていました。親父の好きな演歌やビートルズのレコードを除くとレコードも学会歌集や池田大作講演などばかりでした。

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posted by わめ at 14:53| Comment(16) | TrackBack(0) | 回想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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