2005年09月29日

思わず唸ってしまったご意見

 いや、マジ唸ったよ。
 わめも学会指導・組織・地域の個々の会員を知る者として、まったく異論なしです。

 あ、何に唸ってるのかって?

 シナプスさんっちの会議室掲示板での、チョンガーさんのご意見にです。(^^;;
posted by わめ at 12:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月28日

二日酔い?w

higanbana.jpg


 わめっちの近辺の彼岸花アップしてみた。

 昨夜は遅くまでお酒飲みながら、興味があることを、読書やWebで読んでたら飲み過ぎたかもw汗

 おまけに起きてブログなど見たらわけわかめなこと書いてたしw(速攻削除)

 アルコールが翌日まで抜けないのは久々だわ_| ̄|○
 まぁ朝方5時頃まで飲んでたから仕方ないか・・・ 
posted by わめ at 11:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月27日

客観的事実と信仰 05

 わめは盲信が怖いと言ってましたが、これはLibra師匠の言われる『言明じたいの性質についての話ではなく、言明を受け入れている側の態度の問題』で、『自分の信念を訂正すること』を拒否している人の『信じ方』の問題であると言うことが理解できました。

 このような方は、『自分の信念を肯定する言明』以外には耳を傾けることができないのか、誤った言明と判断してしまうのか、あるいは批判的な言明も『自分の信念を肯定する言明』と”こじつけ”てしまっているのか、その辺はよく分かりませんが、そこにわめは理性の著しい低下または欠如と、心情(情動)の作用と言うものが大きく影響しているように思います。

 理性と心情(情動)は、共に人間にとって不可欠な要素と思いますし、そのどちらか一方に傾注・相反することで、様々な人間としての生活活動に支障をきたすのではないかと感じます。

 また理性と心情(情動)が相反する時、人は苦悩するのではないかと。

 このような時、人はどうするのだろう?

 わめは多くの場合、理性を重視し、心情(情動)を従えます。
 何故なら心情(情動)は裏切り者だからです。
 心情(情動)は満たしてあげても、それに満足することなくすぐに裏切り始めます。
 この心情(情動)をどのように舵取りするか、それが理性であるように思います。

 ここで突然ペット話

 わめは犬やネコが大好きなのですが、ペットとしての犬やネコって、何となく自らの心情(情動)と似てるように感じています。

 ペットが楽しそうに、うれしそうにしている姿(寝てる姿も^^)は、嫌なことがあって気分が塞いでいる時でも、思わず笑顔になったりするのですが、ペットにはいつもそうであって欲しいと思うように、自身の心情(情動)も、いつもそうであればどんなにいいだろうと思います。

 ペットをまったくの自由にしてあげれば、それこそ大喜びかもしれません。
 でも外に出れば危険が一杯です。(^^;;
 飼い主がしっかり見てあげねば、悲しいことが待っているかもしれません。
 でもペットにあれもダメ、これもダメと拘束したり、厳しくしつけたりして飼い主に従属させるのであれば、これは虐待に他ならないように思います。
 愛情をもって”エサや適切に褒める・お仕置きする”などで、うまいしつけを心掛けるべきだと思います。
 そのようにペットと飼い主は深い信頼関係で結ばれながら、飼い主はペットの安全を含め一生を見守ってあげることが大切だと思います。


 さて、わめの強引なこじつけになるかもしれませんが、
 このペット話を、一人の人間の心的要素の重要度順として

 飼い主=理性・合理性・客観的事実等
 ペット=心情(情動)
 しつけを含むペットとの接し方=信仰・信条・信念・主義・思想等

 このように置き換えることはできないでしょうか。
posted by わめ at 00:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 客観的事実と信仰  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月26日

客観的事実と信仰 04

 客観的事実と信仰 03で、Libra師匠から貴重なコメントを頂き、またまた目からウロコが落ちました。^^
 それとブログのコメント欄で埋もれていくのも残念なので、Libra師匠から快諾を頂き、
『「客観的事実」とは?』のスレタイで、EnjoyLife掲示板に転載をさせていただきました。
 この後の議論にも期待しています。

 またそのことからより明確になってきたのが、この記事のタイトルにある客観的事実は、「批判に耐えているとして、暫定的に受け容れられている言明」を指す言葉として、わめは使用していると言うことです。

 直感的には、現実的に誰もが認識できる現象を、わめは客観的事実としているわけですが、それは真理ではないわけで、客観的事実であるからと無条件に正しいとは断定はできません。

 その上でも、客観的事実は暫定的に否定し得ないわけですから、客観的事実に基づく思考は重要であると思います。
posted by わめ at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 客観的事実と信仰  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月25日

公職選挙法違反

 わめは、実は何が選挙違反なのかよく分かっておりませんでした。(^^;;
 でもあきあこさんのブログの記事のコメント欄で、どんびきさんと言う方が分かりやすく説明してくれましたので、よく理解できました。^^
 どんびきさんアリガト!(´▽`)

 ここにお越しの皆さんも、次回の選挙の時にはご注意くださいまし。
posted by わめ at 04:53| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月24日

時間が足りないw

 最近Poh師匠に教えていただいた、日蓮及び法華経、そして仏教全般についての掲示板『富士門流信徒の掲示板』の各スレを読み漁っておりますが、大変なボリュームでいつになったら読み終えられるのか見当もつきません。(^^;;

 今のわめにとっては、日蓮及び法華経などは、あまり興味のないことなのですが、と言うか宗教自体に興味が失せたというか、でもリアルでもネットででも、それらに関わりある方が多いこともあり、そうも言ってられないのです。涙

 最近は、春田の蛙さんの運営するサイト【希望の風】も覗かせてもらってますが、ここの◎『簡略仏教史』◎『簡略仏教史〜日蓮編〜』なども、わめとは少し違った仏教の捉え方で、学ぶところも多かったです。^^

 無宗教・無信仰な方も、宗教に無知でそうなのではなく、ある程度知った上で、無宗教・無信仰な方であって欲しいと思います。

 しかし時間がいくらあっても足りない・・・w汗
posted by わめ at 00:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月23日

パソコンが12台

 小生宅にはパソコンが12台もあります。(^^;; 日頃使うのは7台なので、あとは引退マシンということでしょうか。

 最近日頃使うノートPCが壊れちゃいましたが、これは半年ほど前より覚悟していたことなので大きなショックはなかったのですが、やはりちょっと鬱になりました。
 この壊れたノートPCは居間に置いてあり、使わないときは本棚に立ててしまってたのですが、電源コードは刺したままになっていまして、半年ほど前に子供が電源コードを足で引っ掛け、遭えなく墜落しました。涙
 また運の悪いことに、無縁LANカードをPCカードスロットに刺していた部分からの墜落で、PCカードスロットは破損し、中に陥没してしまいました。当然起動もしなくて分解し、あれやこれや弄ってて何とか起動し、内蔵の有線LANで使っていたわけです。
 この何とか起動しというのが、PCカードスロット周りの基盤自体を破壊しているのを目の当たりに見てましたので、奇蹟のようなものだったのです。^^

 それから半年間、よくぞ持ち応えてくれたなって思いが壊れたことのショックを和らげてくれました。
 その遺体よりメモリのみ取り出して、もう一台のノートPCで、その一部として今もまだ貢献してくれています。
 
 そう言えば昨日夕は、メインのキャプ・エンコPCが起動しなくなり、あれやこれや部品交換してみたものの、結局マザー自体が逝かれたのかその交換で取り合えず復帰し、ドラマ電車男の最終回のキャプ・エンコに間に合いました。C=(^◇^ ; ホッ!
 ただ交換マザーが、CPU及びメモリのOC(オーバークロック)ができないタイプのしかなくて、北森(ノースウッド)さんの能力を活かし切れていない状態での復帰です。
 すぐに元のマザーと同じものをネットで手配しようと思ったのですが、画面に映し出されるその金額を見ながらしばらく考えた挙句、注文ボタンを押す勇気は出ませんでした。泣
 まぁしばらくこのままで、様子見かな・・・

 これがメインの鯖PCのことなら仕事にも大きく響くし、そんな悠長なことは言っておられないのですが、キャプ・エンコはそれほど仕事に貢献していないので止むなしです。

 わめは、PCについてはハード&ソフト&ネット共に生業としていますので、PC談義は好きです^^
 PC好きな方はコメントくださいね。☆^∇゜) ニパッ!!
posted by わめ at 22:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月22日

日本人探訪 01

 わめは、ご近所の年配の方に誘われ、よく(月に1〜2度)雑談をする機会があります。
 場所はその方のお家に招かれたり、喫茶店でだったり、ミスドがお気に入りになられたようで、最近はもっぱらミスドでドーナツ&アメリカンコーヒーで歓談しています。

 その方は長く商社勤めで海外出張が多い方で、そのことからか日本を含む世界的な近代史に造詣が深い方です。

 その方と各国の歴史、日本との関係などについてお話を伺ったりするのですが、その中で強く感じるのが日本人の特徴です。日本人は世界から見れば、異質な特有の文化・思考を持っていることが、他国の文化・思考を知ることで、より鮮明になってきました。

 わめなりに、その日本人の特徴的なことをどう表現すればいいか非常に難しいので、これもシリーズ化が必要だと感じ、お題も01が付きました。笑

 先日は、お相撲の話が出まして、最近の相撲は色気がないと言われていました。元々祭礼の儀式のようなものであった相撲が、スポーツ・格闘技なり色気がないというわけです。

 わめも昔からの友人が、升席を確保し取引先の方や友人と花見のような感覚で相撲に興じていたことを思い出しましたが、言わば宴会のようなものです。
 そうそう、わめも東京ドームでプロ野球観戦をした時も同じような感覚を覚えたのですが、どう言ったらいいのかわめが野球に興味が無いこともあるのかもしれませんが、試合結果や対戦チームの名前すら今は思い出せません。(^^;;
 でも二十歳前後の学生アルバイトらしき生ビール等の売り子達のことや、会社の同僚達できてるのか、近くでワイワイやってる方達の印象は強く残っています。
 わめがそこで感動したのは、この生ビール等の売り子達のことです。とにかく一生懸命なのです。どういったらいいのか、どの子からでも買ってあげなきゃって思っちゃうほどの一生懸命さがあるのです。ってことでわめは相当飲んで酔っちゃったのですがw爆
 試合は生でも、大きなスクリーンもあり自宅でTVで観戦するようなこともできるわけですが、ほとんどグランドに目がいきませんでした。観客席が楽しいのです。^^

 あ、話がどんどんずれていきましたが、相撲・プロ野球などはスポーツであり勝負事でもあるわけですが、オリンピックの柔道などの観戦とは違い、そこにはその方の言う色気とか、宴会さながらの雰囲気があるのです。誰、どっちが勝ったなどは二の次で、場の雰囲気を楽しめるものがあるのです。

 その方はそのような相撲が、オリンピックの柔道観戦などのように味気なくなってしまったと嘆いていました。

 その後、そのことからスナックについてのお話をわめから始めて、お酒を飲んだりカラオケを歌ったりするだけなら、カラオケBOXが安くていいかもしれないけど、スナックは日本の独特の文化であるといった話に移行していきました。^^
 で、その方もアメリカやアジアの国の酒場のお話を例に引き、日本のスナックが特徴的であることを教えてくれたのですが、話が尽きないし、今から観たい海外ドラマがありますので今回はこの辺にします。(続く)
posted by わめ at 04:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本人探訪  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月21日

客観的事実と信仰 03

 他宗教に攻撃的でない宗教の信者さんは、やっぱり攻撃的ではない方が多い。でもそんな宗教でも問題として感じるのは、その信者の家族の方や、結婚相手の方が困っているケースが多いことです。

 シャーマン・先祖供養系宗教では、父母(義理含む)が信者で、その家族は信仰を強要されると言ったもので、信仰を継いでもらえないと、死後自分達を含む先祖が救われないとの思いが信者には強いようだ。

 このようなシャーマン・先祖供養系宗教では霊友会・霊法会などが有名であるが、シャーマン(いたこ・巫女のようなもの)を通して、神仏・先祖の霊からお導きを頂くなどと言うことをやってるわけですが、父母(義理含む)が信者で老齢のため、家族としてはそのような場にも着いていったりするようで、その異様さに家族は仰天・失笑するケースも多いようです。

 ただ、先祖供養は水戸黄門の印籠のような効果があるようで、日本人は先祖を粗末にすることは罰当たり的な感覚を持っている方が多く、また、生活の上で支障がない限り、先祖を大切にすることは是との感覚が強いようです。

 この先祖供養を売り物として、シャーマンと仏教が融合したのが、前述の霊友会・霊法会などの教団です。
 先祖供養と仏教がどうして結びつくのかなんてお話を始めたら、どの宗教だってこじ付けがあるわけだしここでは控えます。笑

 またこのシャーマンと、一部の占い師の言うことが非常に酷似していると感じています。
 ”高価(原価は安い!)な物”を買わせる手口もよく似ています。
 不動産屋や建設関係業者との結びつきの濃さも、類似する特徴かもしれません。
 霊法会に至っては教祖親族(教祖が社長の時代もあった)が、”高価な物”の販売会社(マルチに近い)や、建設会社を経営していますがw

 わめは、霊法会(昭和20年頃発足、会員数はよく分かっていないがおそらく数十万人規模)について5年ほど前より調べており、信者、元信者等の方からのお話も伺っております。この宗教でお困りの方がおられましたら、少しは力になれるかもしれませんのでコメントをください。

 また仕事で占い関係のシステムを開発した経験がありますので、そちらも興味がありましたらコメントをどうぞ^^
posted by わめ at 16:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 客観的事実と信仰  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ちょっと浮気してきます。^^

 何だか最近創価学会話に花が咲いちゃって、他宗教関係に目がいってなかったようで、他宗教サイトの管理ではアダルトサイトの広告投稿削除だけをやっていたようでちょっと反省してます。
 ネット関係を徘徊していると、ここ1〜2年で急速にアンチ学会系ブログが竹の子のように増えてきて、学会に関してはもうわめの出番なども少なく、行く末が見えてきたようにも思います。そういった意味では、客観的に見れる方が増えてきたような感じですね。

 でもこんな流れがあるかと思えば、シャーマンや先祖供養と言ったことを利用した宗教は衰えを見せないし、人間ってホント、不思議な動物です。

 ってことで、ちょっと他宗教系へ浮気にいってきますので、こっちのEnjoy系ブログ・掲示板への書き込みは、しばらく減っちゃうかもしれませんので申し訳ないっす。

 でも、寝てる以外は公私ともネットな生活ですので、自分で言うほど変わりないかもですが。笑
posted by わめ at 03:43| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月16日

客観的事実と信仰 02

 こんなに早く02が書けるとは思ってもおりませんでしたが、少しだけ分かってきたことを忘れないでおこうとの思いから書きます。

 まず『信じること』のNo1のスレの説明で、『智慧を得るための信ならば、良いことだと思いますが、信じることによって智慧が奪われていくならば本末転倒だと思います。』を、どんな思いで書いたのかを、半年以上も経った今、思い浮かべてみました。

 日蓮御書の四信五品抄に『信は慧の因』とあります。これは読んで字の如く信じるということは、智慧の原因であるわけで、”智慧を得るような信じ方”こそが大事と言うことで、”智慧が得られないような信じ方”では本末転倒ではないかと言いたかったようです。(自分で書いたくせに考えないと分からんのかw汗)

 わめは、01で信じることに怖さを感じると書きましたが、これは”智慧が得られないような信じ方”を指していたようです。

 これはどんな信じ方なのか? なんのことはない盲信ではないか! わめは盲信を怖がっていたのです。
 盲信なら、自分から思考停止状態を望んでいるようなものだし、智慧など生まれようもないではないか。
 またむしろこれは、体験とか体得しないと分からないと、自らの智慧を捨て去ったことの宣言みたいなものではないか。

 では、”智慧を得るような信じ方”とはなにか? 多くの事を学び行くことから得られる信、あらゆる批判に耐えうる確かなものを信じる(確信)ことこそが、”智慧を得るような信じ方”であるように思う。

 う〜ん、わめの怖さは盲信にあったんだ・・・ レ( ̄ー ̄)ナットク!!( ̄^ ̄/)

※追記・訂正
 「信は理を信ず」(法華文句記)天台智[]�
 『円信というは理によって信を起こす』(日女御前御返事)←偽書の疑いアリ
 三証(文・理・現)より信を建てる。
 不疑曰信(盲信・非仏教)と無疑曰信(円信・仏教)
posted by わめ at 00:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 客観的事実と信仰  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

客観的事実と信仰 01

 ここ最近より、みれいしゃん(しゃんはわめの尊敬称)と、わめの掲示板の『信じること』スレで、沢山意見交換をさせていただきました。

 みれいしゃんには見透かされてしまいましたが、わめは信じるということに、ある種の怖さを感じているようです。
 だからか他者の、信じるということにも過敏な反応を示しているようです。
 これは学会に長い間、どっぷり浸かってしまったことの反動かもしれないと思う。
 創価学会という宗教団体の教義のおかしさに、なんでもっと早く気付けなかったんだろうと言う悔しさが、わめ自身の心の奥底で燻っているのかもしれない。過去のことは取り返しが付かないことだとは分かっているし、過去の自分があるから今の自分があるわけだし、後悔なんて無意味と割り切っていたはずなのに・・・

 信じることの怖さ、これはマインドコントロールされることの怖さなのかな。
 
 このような経験を無駄にしないためにも、『客観的事実と信仰』をテーマとして、今後も書いていこうと思います。
posted by わめ at 02:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 客観的事実と信仰  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

捨てることのススメ

 わけわかめなお題になってしまいましたが(笑)、わめらしいお題です。^^
 誤解しないで頂きたいのは、仏教で言う喜捨ではありません。わめはそこまで精神修養されてませんし、生活に余裕がありませんから、金品を誰か(団体含む)に喜んで差し上げることはできませんw涙
 余裕のある方は喜捨は良いことだと思いますし、それは執着心を薄める働きがありそうなのでやって損はないと思いますが。

 余談が長くなりましたが、わめが言いたい『捨てることのススメ』とは心の有り様です。身に着けた知識とか経験とか、歳を重ねるごとに増えていくように思います。
 それらは、世渡り上手や他者に対する影響力の増大となり、生きていくことにも非常に役立つとは思いますが、我欲と相まって得体の知れない自分というものを作ってしまうようにも思います。
 この得体の知れない自分は、他者からの心地よい評価を伴い(わめの場合ですが)、やがて得体の知れない自分が、本来の自分に取って変わる存在となっていきます。

 わめは以前、このような得体の知れない自分であったように思いますし、得体の知れない方達を多く見てきました。

 そして今思うのは、捨てることの大切さです。
 身に着けた知識とか経験とかは、文字通り身に着けるモノであって身そのものではありません。でもそれらを身に着けてしまうと、鏡に映る自分の姿にさえそれらが映ります。
 それらを”自分じゃない”と捨てることで、ホントの自分が見えてくると思います。(透明人間になるかも?謎w)

 捨てるのが惜しいなら、必要を感じる時だけ、なるべく薄着を心掛けて身に着けてください。

 何だかお部屋の整理・収納テクみたいですが、これがわめの『捨てることのススメ』です。^^
posted by わめ at 16:56| Comment(1) | TrackBack(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月11日

男子部時代のわめ 10(終)

 わめやわめGは、非学会員で勤行唱題・教学研鑽する仲間達に、入会や本尊流布を勧めておりませんでした。それよりもやっていることが大事で、その必要を感じなかったと言うのが本音だったかもしれません。

 もっとも当の本人達の中には、入会や御本尊を早く頂きたいとの思いを強く持つ方も少なくなくて、そんな方達には、もっとしっかり勤行唱題・教学研鑽をしていかないと、御本尊を保ち続けることは大変で、軽はずみに受けるようなものではないとか、また、親の承諾など絶対条件とか、まだ始めて日が浅過ぎるとか、かなりもったいをつけていたように思います。

 それでも最初に参加し始めた十代の女の子などは、親や会社の寮長に仏壇をおくことの承諾をもらい、御本尊を頂きたいとの強い思いに負けて、比較的短い期間で入会・御本尊を下付されました。

 もったいをつけているようなことを書きましたが、わめにとって実のところ、御本尊とは末代の衆生を救うため、日蓮大聖人が魂を込めたものとの強い思いがあり、自分の命よりも大切にしてもらわなければ、御本尊をお受けするものではないと考えていたからです。なのでほとんどの方が約半年から二年程の間、未入信で勤行唱題・教学研鑽・学会活動をやられていました。中には自分は未入信のままで、自分の友人を入信させる方も出てきて、それではその方は紹介者とはなれず、内(学会員)のわめGの誰かの紹介と言う形で入信された方もおります。(^^;;

 そんなこんなで共に学会活動をするわめGの総人数は、男女学生部など合わせれば30名ほどにもなっていったように思います。また、住む地域が遠く離れていることから、わめGと共に活動はできない方達や、就職・転職で離れて行った方、その方達がまたそれぞれの地域で折伏をして、わめからすれば孫・ひ孫会員となった方達などと、学会内外の大きなイベントなどで顔を合わせることもあり、当時は何とも言えないほどの喜びを感じていたように思います。

 ただわめ達は、日蓮仏法を中心とした学会教義を非常に重んじていましたので、男女学生部の個々の活動には批判的な面もありました。

 そのようなことから、ちょっとしたトラブルがありました。男子部が行なう折伏セミナーへ新来者を集めようとのお達しで、非学会員のまま活動するわめGのメンバーも出させるようにとの話が持ち上がり、わめとしては気が進まなかったのですが、折伏セミナーの場では入会させないし、入信(御受戒・御本尊下付)などは決めないとの約束で、渋々ではありましたが何人かは出てもらうことになりました。後から思えば、その折伏セミナーにわめ達も参加すればよかったのですが、何か他の用事があったのか参加しませんでした。

 結局、その折伏セミナーでわめGのメンバー二名が入会し、入信日(御受戒・御本尊下付)の日取りなども決めてしまったのです。もちろん約束が違うと抗議しましたが、副部長は「本人達が希望したから」と、その本人達の意思を尊重したなどと言いましたが、元々入会したくて活動していたメンバーであることは、最初から伝えてあったわけで言い訳にもなりません。埒が明かないので部長・本部長にも抗議しましたが、本人達も同意してしまったことと、今更覆すことはできませんでした。
 またその二名も、入会・入信できると喜んでいることもあり、わめとしても引き下がるしかなかったのです。

 もちろん、わめもその方達を意地悪で入会させなかった訳ではなく、入会までには学会組織に入っても、しっかりと信心がやっていけるようにとの思いでいたわけですが、組織としてはそのようなことは、極端な言い方をすればどうでもよくて、ただ折伏の成果が欲しかっただけのように思えます。
 そんな人を数字としか見ない学会組織の体質は、当時から20年以上も経った今でも、変わらない悪しき体質だと思います。

 この折伏セミナーの一件は、ほんの一例ではありますが、このような組織の体質は随所に現れていたように思います。わめが組織に疑問を抱くようになっていったのもこのようなことからです。

 そしてわめGは、男女学生部の枠を超えて、学会行事とぶつからない範囲で、独自の学会(信心)活動(活動者会・御書研鑽会他)を行なうようになっていき、わめGは学会組織の団結より、わめGとしての仲間意識を重視し、互いを高め合いながら活動を続けていきました。

 このようになっていったのは、学会組織の体質にも問題意識を持ったこともありますが、わめGは学会以外の色々なイベント・活動を通して、人間的成長を目指すことが元々の目的であったわけで、その意味において日蓮仏法の素晴らしさ(昨年夏までそう思っていた)を知り、仏道修行が大事との思いがあったわけで、学会とか学会組織に対して、深い思い入れがなかったのも事実でしょう。

 学会と言うひとつの宗教組織の中で、その組織人としてお行儀よく活動していく人達を、わめG達にとっては何だか哀れに思えたのかもしれません。自分達では社会に対し、自発的に何一つできず、限られた世界の中でしか、自分の価値を見出せない人達とは、どうしても馴染めなかったように思います。

 ちょっと学会組織批判めいたことを最後に書いてしまいましたが、それは男子部時代のトラウマ話の今後に譲るとして、学会=日蓮仏法との思いに変わりなく、わめはその後の二十年以上も、組織には疑問を持ちつつも、学会と共に昨年夏まで歩んできました。

 ただ学会内でこちょこちょしてるのは性に合わず、07・08で紹介した学会外の活動も、後継にバトンを譲り、わめはその後いくつかの小さな事業を起こし、それらが発展してそれぞれ株式・有限等の法人となって夢を叶え欲を満たし、そしてそれらも終わっていくのですが、これはまた機会があればということで、これでお話を終わらせていただきます。(終)
posted by わめ at 02:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 男子部時代のわめ  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月10日

男子部時代のわめ 09

 わめの学会以外の活動では、市長はじめ、その秘書課や記者クラブの皆さんも尽力くださり、それらも含めてこのような幅広い活動ができたことを申し添えておきます。おかげをもちまして、社会福祉協議会や国際ソロプチミストなどから、表彰状や感謝状をいくつも頂くことができました。

 さて、この頃の男子部での活動ですが、これはわめの男子部時代のトラウマで書いているので、ここでは極力割愛させていただこうと思いますが、わめGの男子部の活動と折伏話は、どうしても分けて書くことは難しいので、重複してしまう部分もあるかもしれません。

 学会以外の活動も学会活動も、わめの家は拠点でした。以前書いたように仕事が日曜午後3時間程度だけだったこともあり、朝から夜まで色んな活動・イベントに関わる方が、わめんちに来ていたわけです。昔は不良の溜まり場だったのが、集まる人が変わっただけで、溜まり場なのには変わりがありません。

 もちろん男子部メンバーもおりましたが、それはわめが折伏した夕刊配達のお手伝いをしてくれた二人と、高等部支部責時代に掘り起こした、二名の高等部員(実家が田舎で高校に通うため、両名とも親元を離れて下宿暮らしで、この頃には一人は学生部員)くらいでした。

 信心に目覚めたわめには、この状態はちょっとつらいものがありました。それは家も狭くて、朝晩の勤行を、集まってくる方達に隠れてできないことでした。二十歳前の男女が多く集まっているわけで、一人仏壇の前に座って、勤行唱題をしている姿を見られるのは恥ずかしかったのです。(^^;; 

 しかし、夕刊配達のお手伝いをしてくれた仲間二人のうち一人は、事情があり御受戒のみ受けて御本尊が家になかったため、仏壇(御本尊)の前で勤行唱題をしようと思うと、わめんちでやるしかなかったわけです。(いわゆる内得信仰)
 彼は一人の時は一人で、もう一人の片割れとか、高等・学生部員がいると一緒になって、若い男女が集まってわいわいとミーティングなどしているにも関わらず、そこからちょっと失礼とばかりに出て、隣の部屋で朗々と勤行唱題を始めるのです。そこには恥ずかしさなど微塵も感じさせないほどの、信心に対する熱情のようなものを感じました。火を点けたのは誰だ?って話はおいといてぉぃw、その純真な姿は、凛々しくもあり輝いてたな・・・。

 当然首謀者(笑)のわめも、一緒にやらざるを得なくなるわけで、最初は不思議なものを見るように、こっそり覗いていた他メンバーも、毎度のことと徐々に慣れていきました。

 そんな日々が続く中、多分最初は県外からこちらに働きに出てきて、三交代勤務の会社で働き、その寮で暮らす十代の女の子だったと思うのですが、わめGがいつものように勤行をしようとした時、「私も一緒にやりたい」と言い出し、例の内得信仰の仲間が偉そうに、「遊び半分でやってるんじゃないんだぞ!」なんて真剣な顔して言い返したりしてましたが、興味本位じゃなくその子も何かを感じてたようで、毎日ではありませんが、わめG達と一緒に勤行唱題に参加するようになりました。

 教学(日蓮仏法・学会教学)研鑽は、初代総B長より「無疑曰信(むぎわっしん)」の信心を教わったことの影響も大きかったのか、教学試験の有無に関わらずしっかり学んでおりましたし、わめGや外(非学会員)の勤行唱題をする子達にも、疑問に思うことなどを言えないことが、信心の妨げになるとばかりに、しっかりと教えていきました。

 長くなりそうなのではしょりますが、その後、勤行唱題・教学研鑽に、学会員以外のメンバーが多く参加するようになり、また座談会などにも参加、やってることはまるで学会員と同じ状態になっていきました。

 学会員の方なら理解できると思いますが、座談会等に多くの若い新来者が出席し、入会はしてないにも関わらず、その方たちが日々勤行唱題・教学研鑽をし、座談会の場で職場や学校等でそれらをどのように活かしているかの発表等は、信じがたいほどの驚愕であり、また内外は別にしても、心通じ合う同志のような、見守ってあげたい、応援しているよとの思いのこもった拍手で迎え入れてくれたのは言うまでもありません。(続く)
posted by わめ at 21:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 男子部時代のわめ  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月09日

海外ドラマが面白い!

 最近アネゴの影響もあるのか、海外ドラマにハマっちゃってるなw
 以前から好きではあったけど、最近はハマったのは古い順にこの四つ。
・24 TWENTY FOUR(シリーズ1〜2までよかった)
・宮廷女官 チャングムの誓い 〜大長今〜
・トゥルーコーリング
・スターゲイト・アトランティス(STARGATE ATLANTIS)

アネゴは更に「エイリアス 二重スパイの女」や「アンドロメダ」も好きらしいけど、
少し観てみたけど・・・( ̄  ̄;) うーん

 「チャングムの誓い」は超お勧めドラマです。^^
posted by わめ at 17:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 海外ドラマが面白い!  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月06日

仏教話のご紹介

 最近仕事が落ち着いた(ヒマになったw汗)こともあり、ここ3日ばかり海外ドラマ「スターゲイト・アトランティス(STARGATE ATLANTIS)」にハマってるわめですw笑
 進行中のドラマで今日・明日くらいには、海外放送分すべてを見終わりそうですが、それまでブログ更新が難しそうです。<(_ _)>

 よかったらわめの掲示板で、フルナさんと大変よい(と思う)仏教話をしてるスレがありますので、読んでいただけたらうれしいです。^^
 もちろん、どなた様もご参加自由です。(⌒∇⌒)

○試論 釈尊の説かれた縁起の法・空・無我について

○仏教における仏、成仏とは
posted by わめ at 16:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 宗教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月04日

ミニオフは回転寿司

でしたw笑 話が弾みすぎたのもあったし、子供がさっさと食べ終えて暇を持て余して騒ぎ出したこともあり、食べることも飲むこともちょっと満足がいくものではなかったわめです。(´・ω・`)ショボーン

 約一年ぶりに会えた方とお話できたのは有意義でした。この一年の間に長期間にわたり計画していた事業を立ち上げ、更に拡張計画など前向きに取り組む姿勢に若さを感じ、わめにとっては何だか遠い昔のことを思い出すような、そんな懐かしさを感じました。

 それと、以前にオフに参加された方の、近況はどうなのかなどの話をしましたが、それぞれがそれぞれの道を歩んでいるというか、「へぇ〜」とか「そうなんだ〜」とかの言葉がお互いの口から出るだけで、オフで出会え語り合えた方達を尊重しあっているというのか、関心度が低いというのか、皆さんわが道を行ってるんだなっと、ちょっと寂しいような逞しいような、言葉では言い表せない気持ちを持ちました。まぁオフ以前に、特殊な鯖(謎)があるわけで、そこに上ってくる方達なのだから、それは著名人(TV出演された方もいますが)ではないものの、その一人ひとりの独自性とか、抜きん出たモノを持っている方ばかりではあるし、何より他の方の意見に対し、表面上は相槌を打ったり話を合わせたりする者もいるかと思えば、まったく意に介せずなんて突然まったく違った話題を話し出す者もいたり、言わば内面は皆さん唯我独尊的な方々であるわけで、誰かが互いに協力し合いながらこの人生を良きものにしていこうなどと言ったら、きっと皆さん沈黙されてしまうように思う。大きなお世話なのである。自分の人生は自分で開いてきた方達ばかりで、それは色々苦しいことや葛藤はあったろうけど、そんな愚癡ともつかないことを語る者など一人もいない、過去は自分の中で消化し尽くし、今とこれからを見つめる者達なのである。頼むからわめをおいていかないでくれw汗

 うーん、ブログでは珍しくわけわかめになった。笑
 ミニオフは回転寿司とのお題がいけなかった。涙
 こんなお題から何を書けと言うのだw爆
posted by わめ at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月03日

男子部時代のわめ 08

 更に学会活動以外のことを続けます。

 ライブハウス以外にも、公民館・公会堂等を借りてのコンサートや、野外ステージのある大きな公園などでも野外ライブ等もやるようになり、高価(数百万)なPA機材(音響機器)と、運搬用のキャラバンという大きな車も購入しました。ライティング関係(照明機材)までは手が出ず(超高価過ぎでw)、投光器にスチールのゴミ箱の底をくり抜いて、そこにセロファンを貼って、壊れたマイクスタンドに取り付けて等の手作り照明機材や、電気パーツ部品でそれらのコントロールボックスを作り間に合わせました。これらもひとつの団体となり、PAレンタル屋として、各地のイベントを請け負うようになりました。

 ボランティア関係の活動を始めるキッカケは、これだったのか記憶が曖昧なのですが、市の主催のお祭りイベントの野外特設ステージのイベントを担当することになったわめたちだったのですが、その大通りの道を隔てた反対側でバザーをしている方達と交流を持ちました。その方達とは肢体不自由児の会の方達で、不自由な体で作業所で車のゴム部品等のバリ取りなどの自立支援の作業(仕事)をし、その傍ら自分達で作った、小物を展示して売っておりました。そこの代表の方も車椅子で障害を持っておられたのですが、とにかく皆さん明るい方達で、音楽の話やサークル活動についてなどお話をしました。このようなことがあって、その会の作業場へもお邪魔するようになり、自分達にできるお手伝い等も始めました。そんなわめたちのメンバーの中には、ボランティア活動に大変興味を持ち、手話を覚えたりその他の活動をしたいとの意見が出て、ボランティアサークルが生まれました。そしてできて間もない地元の大学にも、大学生のメンバーが福祉部を作り活動をしていきました。

 またその地元大学での大学祭が毎年行なわれるのですが、その大学祭実行委員会でも、その大学に在籍するわめたちのメンバーが活躍していました。

 このような活動を通して仲間は数百名にもなりました。そして仲間達は音楽、ミニコミ誌製作、PAレンタル、ボランティアなどの団体に別れ活動をするようになったものの、それぞれの団体の規約には、「あらゆる活動を通して、相互の人間的成長を目指すことを目的とする」と定めて、活動する内容はそれぞれ違えど、その目的とするところはそれぞれの人間的成長にあることを目的としました。またこの人間的成長を目指す意味で、それら団体の代表・副代表を主要メンバーとし、統括する組織も作りました。そこで生まれたひとつの全体企画を紹介します。障害者の方が作られた詩に曲をつけ発表し、会場ロビーではその方達の作業の様子を写真にして展示、また作品の展示等も行なおうというものです。また作品(詩の紹介も含め)集のパンフも作成し、来場者に配りました。これには市の共催も得られ、市や新聞各社、民間企業の協力の下、多くの方に参加していただき、立場の違う者達でも、協力し合うことでこのようなイベントが行なえるということを、多くの方に伝えることができたと思います。

 このような活動を上げれば、数限りなく行なってきたように思います。また、人の集まりですから、意見の相違やトラブル等も多々ありましたが、「人間的成長を目指す」ことからの考え方が、それらを解決し、乗り越えて活動を続けられた大きな要因かもしれません。

 う〜ん、読んでもらうと何だかわめの昔の自慢話のように感じません?w(^^;; そんなつもりはないのですが、若かりし頃にやってきたこのようなことに、わめは誇りを持っているのは事実で、読んでもらっている方達に、自分でもよく分かりませんが何かを訴えたいのかもしれないなんて、思ってたりするのかもしれません。
 ってことでご批判などありましたら、遠慮なくコメント欄にお書きください。<(_ _)>

 さて、学会活動以外の活動の紹介はこれくらいにして、次回はまた学会活動の話に戻そうと思います。(続く)
posted by わめ at 08:43| Comment(1) | TrackBack(0) | 男子部時代のわめ  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

男子部時代のわめ 07

★★★★★★★★★★お願い★★★★★★★★★★ 「男子部時代のわめ」を読んで下さっている皆さん、ありがとうございます。この07以降は、わめの地元の30代以降の方なら、何かピンとくるものがあるかもしれません。 そしてわめが誰か分かる方もおられるかも知れませんが、個人を特定するような、また匂わせるような(県・市名・団体・イベント等)書き込みは、わめのコメント欄を含め、Web上のすべてにおいてお控えください。 またそれが間違っている場合もあり、間違って個人特定された方が迷惑し、プライバシー等の侵害になる可能性もあることを何卒ご承知ください。m(_ _"m)ペコリ わめにメールはその限りではありません。

 今回は学会活動以外のわめのことを書いてみたいと思います。

 ギターが職業(内容は秘密だw笑)となり、とは言え以前に書いたように初期の収入は少なく、他の仕事(バイト)もやったりしてましたが、このギターが職業は縛られる時間が非常に短く、最初は月に4回でトータル6時間の仕事でした。少しづつ収入が増えていき、その当時(20歳過ぎの頃、約20年強前)月4回12時間で月40万円前後の収入になりましたので、時給に直すと3万円以上にもなりました。しかも約20年強前ですから、当時の物価から考えてもかなりおいしい仕事だったといえると思います。

 あ、収入の話じゃなく、どれだけ時間的に余裕(月12時間の労働時間ですから)があったかを強調したかったのでしたw汗

 その余裕の時間にいろんなことをやりました。まずその職業を活用して、音楽好き仲間を集めました。(わめが19歳前後の時代) 言うなればアマのシンガーソングライターです。当時は結構ライブハウスもあり、それぞれのライブハウスで何曜日の何時からという感じで、この音楽仲間で、ある組織を作り、ライブ演奏などを行ないました。この音楽組織は次第に大きくなり、所属する個人やグループは30組を超えるようになっていきました。そして最初は市の名前が付いた組織名だったのですが、県内5ヶ所の市にまで広がり、それぞれその市の名前を持つ5つの組織となっていきました。 またロック系バンドも加入するようになり、それらはまた別組織として活動するようになっていきました。で、それらを統括するための組織として、県の名前の入った組織も作りました。

 それとこのような音楽活動の発展と共に、ファンの方達や、自分達もいつかはステージに上がりたいとの思いを持つ方達とも友情が芽生え、それらの方々をもその組織のメンバーとなってもらい、コンサート企画やチケット・ポスターの作成や会場の設営なども、やっていただくスタッフとして活動もしていただけるようになりました。

 また、その中にはミニコミ作りをやりたいなどとの希望もあり、わめたちの音楽活動情報誌としての、ミニコミ誌の発行なども手がけるようになり、それがまたひとつの独立した組織となって、アマだけに限らず、芸能人への取材を行なったりして記事を載せたり、当時”つるべ”(知ってるよね?)も、”ぬかるみ”と言うミニコミ誌発行に関わっていた関係から交流が持てるようになり、当時出来て間もないわめの地元大学の、大学祭への講演依頼(漫談ですがw)も快く引き受けてくださり、会場は満席状態になりとても盛り上がりました。TVで観るより生は数倍面白かったです^^

 そんなこんなで芸能関係(いくつかの芸能プロ)とも少しづつ繋がりが持てるようになり、県内の高校や大学などのイベント、また市のお祭りイベント(とは言っても実際はほとんどJCですが)等に、芸能人の招致依頼や、わめたちの音楽組織の演奏依頼が多く来るようになってきました。(続く)
posted by わめ at 00:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 男子部時代のわめ  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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